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withレター号外編 [施設の紹介]

ウイズレター号外      発行:ウイズを支える会
〒431-3124 浜松市半田町104-3
    TEL 053-435-5225
FAX 053-435-5955
  E-mail with@s8.dion.ne.jp

                      
ウイズ開所10周年記念
手づくりイベントへのお誘い テーマは“夢”
ヨチヨチ歩きのウイズがお陰様の10周年です。
あなたに、あなたに感謝の心を込めての手づくりのイベント
ウイズの仲間の笑顔を、仕事のいろいろを
もっともっと知って下さい。
ウイズの10年を振り返り、これからの10年を夢見る
みんなで一緒にウイズのこれからを応援して下さい。
沢山のお友達と一緒に2005年10月10日(祝)はアクト中ホールへ

名 称   障害者授産所ウイズ開所10周年記念
「ウイズの10年を振り返り、これからの10年を夢見る」
アテネパラリンピック水泳金メダリスト
河合純一さんと共に
            映像・音楽・トークで綴る記念イベント
日 時   2005年 10月 10日(月・祝日)                              
 12:30 開場  13:00 開演
会 場   アクトシティ浜松 中ホール
入場料   大人 999円  中学生以下 無料 (全席自由)
出 演   河合純一[講演]
      有玉小学校・積志小学校・積志中学校の皆さん[歌・アシスタント]
      六星筝の会[琴の演奏]
      松井亮[キーボード演奏]
      服部浩二[ギター演奏]

ウイズ開所10周年記念イベント第1弾
映画「夢 追いかけて」上映会
バリアフリー上映会に300人もの来場者!
去る8月14日(日)、浜松市福祉交流センターに
於いて、ウイズ開所10周年記念イベント第1弾で
ある映画上映会を開催いたしました。映画「夢 
追いかけて」は、舞阪中学校教師であり、パラリ
ンピック水泳金メダリストの、河合純一先生の半
生を描いたドキュメンタリー映画です。河合先生
にとって、「夢は実現してこそ夢」。パラリンピッ
ク出場と教師になると言う夢をひとつひとつつか
み取っていく姿、希望と勇気の半生を描いたこの
映画から多くの感動をいただきました。
 この上映会は、バリアフリー上映会として、聴覚
障害者の方の為に日本語字幕スーパーを、視覚障害
者の方の為に映画の情景を音声で解説するシーンボイスガイドを付け、できるだけ多くの方々に楽しんでいただける様努めました。
 また、河合純一先生から上映会に向けて、下記のようなメッセージをいただきました。


 “この度、ぼくの半生を描いた映画を上映していただき、ありがとうございます。ぼくから、何かを学んでほしいという偉そうな気持ちはまったくありません。ただ、目が見えないということで、人とは、違った感覚で物事をとらえており、誰よりも人生を楽しんでいる一人ではあると思います。この映画を通じて、ぼくと友人、家族、教師との関係から、自分の気持ちを大切にしつつ、他人を思いやる気持ちを持ち合わすことのすばらしさに気づいてもらえたら、こんなにうれしいことはありません。
 これからの日本、世界をつくっていくのは、子どもたちです。まだまだ、自分たちはというのではなく、ダメな大人たちに新鮮な感性と情熱でもって、接することで、眠っているやる気を目覚めさせてほしいと願っています。そして、自らの夢を実現していってもらいたいです。自分の夢を実現することは、それだけで尊いことです。ただ、その夢の実現は、最終目標ではなく、新たなる夢へのスタートであるはずです。そして、何より、自分だけでない社会のためにつながる夢への第一歩にすぎません。夢の実現とは、目標の達成であると言えます。目標を設定するということと、夢を見つけるということは、同じ意味であるとぼくは考えています。限りない自分の可能性を信じられるかが、夢の実現に近づけてくれるのです。
 人生には、いろいろな友人との関わりが生まれてくる。自分の強さだけでなく、弱さ、もろさをも痛感することもあるでしょう。ただ、本当に強い人間とは、自らの短所、弱点を知っている人を
言うのだと思います。誰にでも、弱い部分があるものです。ぼくも、パラリンピックの直前でありながらも、体がつらいからという理由で、練習を休みたいという気持ちが生まれてきます。そんな気持ちに負けたことがないといえば、うそになるでしょう。でも、苦しい時こそ、この言葉を噛み締めている。
 「夢から逃げ出すことは、いつでもできる。夢への努力を続けるのは今しかない。」
 自分に言い訳をすることはやめたいと思いました。それは、いいわけをすると自分が悲しくなるからです。
 大人たちが、次々に夢をつかみとっていく姿を見て、子どもたちは何を感じるでしょうか。言わずとも知れたことでしょう。実現した瞬間が大切なのではなく、そこまでのプロセスを目の当たりにしていることが大切なのです。そんな夢に溢れる社会をみんなで築いていきたいものです。 最後に惜しみない声援を送ってくれたみなさんに心からお礼を申し上げます。そして、この映画を音声ガイド付で上映してくださったウイズのみなさん、本当にありがとうございました。これからも夢追いかけて前進していきましょう!”

<感動の感想>
 シーンボイスガイドの澤井マリ子さんへお礼のメールをいただきました。

 ウイズを支える会の市川と申します。
まさに絶品のシーンボイスガイドを聴かせて頂きました。伝えられるべき視覚的情報があんなに沢山有ったとは本当に驚きでした。私たちが最も知りたい様々な情景描写や表情、しぐさや場面の切り替わり。適切な表現で伝えられるそれらの情報によって、会話がよりリアルに俳優たちの演技力の中心にナビゲートされていきました。
 私は2歳で失明しましたので、どんなに名作と言われるものを観ても、途切れがちな会話からは感動が伝わってきた覚えがありません。たとえ話題の映画が上映されても、映画館に足を運ぼうとする気分にはなれませんし、自分には無縁のよそごとの事として処理してきましたが、今回のそれは、今までの私の概念を根底から覆すものとなりました。映画の中に最初から埋め込まれているような、何の違和感もないガイド。 それは、作品の持つ魅力を余すことなく引き出して私の心の奥壁にまで浸透させてくださいました。
 議論や試行錯誤を重ね、大変な努力とトレーニングを積まれた賜物には違い有りませんが、河合さんご本人にせっし、地元の風土に養われた深い味わいを感じました。
 会場から直接伝えるためには、風邪一つ引く事の出来ない緊張感の持続や体調の管理、声帯のトレーニングや気遣いなど人知れずの努力があったものと想像しております。
 最後に、たまたま澤井さんの斜め横に座った家内がシーンボイスガイドをしながらにこやかに微笑んでおられた横顔がとても魅力的だったと申しておりました。映画の感動と共に、わたしもそのすばらしい笑顔をガイドの断片から分けていただきました。
 いつか又、こんな余韻を楽しめる日を心待ちにしております。どうもありがとうございました。

ウイズ開所10周年記念イベント第3弾
障害者授産所ウイズ10周年記念支援ジャズコンサート

名 称   fuse(フューズ)井上淑彦ライブコンサート   
日 時   2005年 10月 23日(日) PM 6:00 開演
 会 場   フォルテホール
 入場料   大人 3,000円  学生(大学生以下) 2,000円  当日 3,500円
 主 催   ジャズライブ浜松

※ ジャズライブ浜松:ジャズコンサートの企画、開催を定期的に行うことを目的に2004年に会を設立し、営利を目的としない団体として活動する。

イベント協賛のお願い
 授産所ウイズは平成8年4月に、全国で初めての視覚障害者中心の小規模授産所としてスタートし、本年開所10周年を迎えることとなりました。これも偏に、皆様方のご支援のおかげと感謝しております。ありがとうございます。
 この度、ウイズ開所10周年を記念し、多くの方々と共に10年の歩みを振り返り、またこれからを夢見るというイベントを企画いたしました。このイベントが単なる祝いの場に留まらず、「情報障害」と言われる社会に出られないでいる視覚障害の方々に、ウイズの存在と活動を知っていただき、共に歩むきっかけとなるはずです。
 つきましては、本記念イベントの主旨をご理解いただき、是非ご協賛いただきます様お願い申し上げます。尚、協賛金は一口5000円とし、ご協賛いただきました個人、企業等のご芳名をメインイベント会場に掲示させていただき、記念誌及びウイズレター(3,000部印刷)にも掲載させていただきます。
 ウイズ開所10周年記念を機に、次の夢達成の為、ぜひともお力をご提供下さいます様、実行委員一同心よりお願い申し上げます。
 そして各イベントにお出掛けいただき、ウイズのこれからをみんなでいっしょに応援してください。
                                      
送金先
口座名 「ウイズを支える会」
浜松信用金庫 有玉支店 普通 124751
郵便振替口座 00820-5-71197
お手数ですが、備考欄に10周年イベント協賛をご記入下さい。
                                      


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施設の紹介(作っている物) [施設の紹介]

私が現在通っているのは「視力障害者の小規模授産所」で施設の名前を「With(ウイズ)」といいます。
私はまだWithに通い始めたばかりで詳しいことはなにも解らないので感じたことを書いていきます。

主な仕事
朝の9時から15時までの短い時間ではあるのですが様々な者を作っています。
視力障害者の場合かなりの割合で他の障害を持っている方が多く一般企業のように長時間の労働には耐えられない人が多くいるので時間が短くなってます。
主に作っているのは「白杖」(はくじょう)、点字トランプ、点字花札、点字入り名刺、市の広報誌点字版、ポプリ、竹炭消臭剤、などです。

白杖
白杖は持っているだけでそれで「視力に障害があります」と周りの方に知らせることが出来ます。
もちろん訓練次第で自立歩行が可能になります。
白杖とはいえ種類が非常に多くて私の覚えた中だけでも素材別だけでも、鉄(アルミ)、グラスファイバー、木製、とあり乗り物でじゃまにならない「折りたたみ」式で4~6節のタイプと一本の木や鉄でできている物もある。
そして、使用者の身長や身体的な状況により長さがそれぞれ違うので種類としては非常に多くなります。

点字印刷物
印刷とは一般的にはインクで文字や写真などを描く物ですが視力障害者には読めないので「点字」と呼ばれる物を利用します。
現実問題点字が読める視力障害者は意外に少なくて私自身ちょっとビックリしています。
中途障害の方の大多数の方が読めないようです(私も読めないのですが)。
書物などは読めなくても「トランプ」「花札」などゲームぐらいなら読める人もいるようです。

ポプリ
いわゆる「匂い袋」です。Withの支援をしてくださっているお店などで販売しています。

いろいろな作業を出来るだけ分割し施設利用者全員で作り上げる用にしているのが特徴です。
営利目的の企業から見れば非効率的かもしれませんが、職を追われて自信をなくした者や就労経験のない人にとっては「難しい作業を効率よく」ではなく「簡単な作業を時間をかけてもいいから確実に」行うほうが重要なのです。


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障害者の立場で世間を見ると [施設の紹介]

視力障害者と一口に言っても随分と症状が違う。
「全盲」と呼ばれ明るささえ全く解らない方
明暗が解る程度で色や形の判別は困難な方
一部分だけ視野が残っている方
「弱視」と呼ばれ日常生活に支障が出てくるほど視力の弱い方
など様々である。
更に不幸にも生まれつき光を感じたことのない方
元々非常に視力が弱く物を見た経験の乏しい方
事故や病気で大人になってから視力を失った方
病気で視力を徐々に奪われ今後に不安を抱く方
視力障害以外の身体障害また精神障害を併せ持つ方
などなど、本当に様々な症状と経緯があり一口でかたづける事はとても出来ないのが現状である。。

これらの人を世間では「視力障害者」と一まとめで呼ぶ。
そんな人を社会復帰や収入の道を探るために「小規模授産所」(授産所と書くので産婦人科の一つと勘違いされる時もある)と呼ばれている施設がある。
これは行政の認可を受けて支援されている施設です。
視力に障害がでると一般的には「引きこもり」がほとんどで積極的に社会に出て行く人は少ない。
視力が落ちると「仕事がない」「道を歩けなくなる」「風景を楽しむ事が出来ないので旅行に行く意味が薄れる」「買い物が自由に出来ない」「バランスを崩す時があり不安」「落とした物が拾えない」「食事が旨くない」(見た目で味が変わる、食べ物をうまく挟めない)「公共機関しか交通手段がない」「雨など天候が悪いと出かけにくい」など、
今の社会は視力を失うと出来ることがあまりにも少ない、それが現状である。
視力を失った精神的なダメージだけでなく社会全体が「視力障害者」の足を引っ張っている部分があるようだ。
中には「目暗は出歩くな」みたいな冷ややかな人も少なからずいる、
だがその一方で
行政が一生懸命行っている障害者に優しい街作り「バリアフリー」構想で障害者が世間にでやすくしてくれている。ところがこれが意外な弱点がある。
それは「すべての障害者に都合よくは出来にくい」現状がある。
例として車いすや足の運びがスムーズでなくなった方にとっては「歩道など段差をなくす」事が大切である。
しかしこれがまた私たち視力障害者にとっては困るのだ。段差をガイド代わりに白杖歩行をするとすごく楽なのだ、歩道など歩いていて杖が段差を感じるとそれ以上進めば危険とわかるのだ。だが平らな道は進行方向を見つけにくく行きたい方向に歩けなかったり、曲がって歩いていても広い所では気づかず目標の地点につけなくなってしまう。
そこで視力障害者の為に音声信号や点字ブロックを歩道に設置してくれるのだ。
だがここにも大きな問題がある。
歩道の放置自転車やおしゃべりに夢中の女子高生やおばさんたちが道をふさいでいて役に立たない時が少なくない。点字ブロックを頼りに歩いている者にとってこれは致命的な障害となる。
このような些細な行為が「国民の血税を無駄」にしており結果的に障害者の社会復帰を後らせ、時には、道を絶ってしまっている。
そして社会復帰出来ない障害者の為に年金をせっせと支払ってくれる「ありがたい方々の一人」になってしまっている。この矛盾に気づけばきっと多くの人が障害者の社会復帰に対して理解をしめしてくれるのでしょうが・・・

そんな愚痴をいっていても始まらない!
明治以降女性が社会に進出した時にはこれ以上の多くの障害や世間の偏見に負けない強い意志が必要だったはずだ。自分がパイオニアだとは思わないけど少なくとも未だに自宅に閉じこもっているだけの視覚障害者(それ以外の方でも歓迎だが)の人にとって「自分だけが」とか「もう何も出来ない」などと後ろ向きの発想から脱出していただきたいのである。
私は本来「楽天家」で物事をあまり深く深刻に考えない(もっと考えてから行動しろといわれる)タイプの人間だがさすがに自分の視力が奪われていく時期は落ち込んでいた。
2002年初頭に仕事が出来なくなったのだがそのわずか半年前まで車の運転をしていたのだ。若干視力に不安が出てきたので車を手放したらその後は急な坂道を転げ落ちるがごとく一気に視力が失われていった。
極端に話せば日に日にどころか朝見えていたのに夕方には・・・そんな感じです。
当初困ったのはバスに乗るのに苦労するようになったことだ。行き先が見えないし、空席が判らないのだ。
そんなこんなで外出は出来なくなってしまったのだ。
つまり買い物や銀行にも一人ではいけなくなったのだ。
私のように視力が徐々に(とは言っても一気にの気分だが)視力をなくす人はそれを受け入れることが出来るようになれば、ある程度の対策と準備ができる。
だがある日突然怪我などで視力を失うとその時間がないので気持ちを切り替えるまで、なにも出来ないはずである。
私が施設に通い始めたのは以前ここの所長から「生まれながら見えない人より君たちの方が不幸かもしれない」と聞かされた事が大きい。
もちろん光を感じたことがない方にとっては「一度でも見てみたい」との欲望があるだろうが、今まで出来ていたことが出来なくなる苦しみや不安を感じる事はない。骨折などした後の「リハビリ」と同じような事を行うが失われた視力が戻ることはないのでその状態でいかに以前の生活に近づくかがテーマになってしまうのだ。
そんな私の胸の内を理解してくれていると思っただけで随分と気持ちが楽になった気がしたからだ。

今後は自分にどこまでできるのか?自分の気持ちが続く限りいろいろな物に挑戦しようと思う。
100㍍を10秒台で走れと言われても出来ない人がほとんどだが、九九が言えない人はあまり多くないのだ。
私の先輩たちが出来たことなんだから、とりあえず挑戦!してみて「やっぱり無理」とか「案外簡単じゃん」と一つ一つ確かめてみたいのだ。
だからこそ、社会全体で障害者を支援とまでは言わないがせめて「社会復帰」の邪魔はしないでいただきたく思うのである。
しつこいようだが税金や年金を支払わずに貰うだけの人を一人でも減らすことが国民全体の利益につながるのだ、との認識を持って頂ければそれほど難しい話ではないような気がするのである。

点字奮戦記や白杖歩行編など参照してください。


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