So-net無料ブログ作成
検索選択
今日の出来事 ブログトップ
前の10件 | -

06年4月13日に思うこと [今日の出来事]

今日久しぶりにwithへでかけた。
今週少し遅い春休みで月曜日から水曜日までお休みだった為に久しぶりのお出かけとなった。
現在は白杖を使い一人でwithまで出かけているが、長い休みなどの後はかなり緊張してしまう。
随分と慣れていると思うのだが、1週間も歩いていないとやはり相当緊張するし、恐怖心も顔をのぞかせるのであった・・・

少し前に「ダスキン」の研修生が来ていた話を書いたが今週はパキスタンから来た若い視覚障害者の女性が来ている。
施設そのものがお休みだったので所長が講師をしている学校へ伴って行き話をしてもらったり、県内の施設を見学に出かけたりしていたようです。
今日から2週間ほどの間withで研修をすることになっている。
研修といっても施設の仲間として一緒に楽しむ事が出来るようになることが大切で、withの理念「共に、一緒に」を肌で感じて欲しいのです。
そうすることが帰国してから同じような施設を開所する場合の参考にしてもらいたいとおもうのです。
中途視覚障害者(成人してから視力を失うこと)の場合殆どの人が人生に目的や希望を持つことが出来なくなり、閉じこもり矢最悪の場合も少なからずあるのが現状であることを考えると「気楽に、開放的に慣れる」そんな場所を提供することこそ大切なことであると今の私は考えるのです。
社会全体の厳しい状況を考えると「甘い」などとの批判もありえるかもしれませんが、やはり「失う」事の喪失感はたとえようのないほど、とても大きく、重大な事であることを是非理解していただきたいと思うのです。
その上でいかにして「以前のような気持ちを取り戻すか」が課題だと思うのです。
そして気持ちが上向けば後は努力と周囲の理解によりかなり以前の生活に近い物を取り戻せると信じたいのです。
そんな私の考えは施設に通いはじめてから感じるようになったことであり、そのように感じさせるこの施設は非常に貴重で大切な場所であると断言したい!

話がそれているが、今週から来ている研修生は驚くほどナチュラルな日本語を話すのです。
すでにかなりの研修生とお会いしていますが、そのどの外国人よりもスムーズな発音なのです。時折「解らない?」と声を出すから「ああっやはり日本人では(日本で生まれ育った訳ではない)」と感じる程度である。
話をするのはどの研修生も、驚くほど上手に日本語を操っていますが、発音は「あれっ」と思わせる部分がありそれがネイティブでないと感じさせる部分なのです。
ところが今回こられた女性はその「うん?」との部分が殆ど感じられないのです。
私は視力が殆どないので声で人を判断しているのですが、初めは「付き添いの人がはなしている?」と思ったほどです。でも今回付き添いの人はいないのでそれはありえない事ではありますが・・・
それほどナチュラルな発音なのです。
言葉が旨く話せない理由の大部分は「聞く」にあります。
聴覚障害者がうまく発音できないのはこれが原因で、途中で聴覚を失った人でも発音はおかしくなるようですから、いかに耳から入る音がしゃべる事に影響するかが解ります。
よく日本人は「RとL」の発音が使い分けられないといいますが、結局は聞き取れていないのが原因なのでしょう。
人間の能力のすごい一面として「必要と思われる情報のみピックアップ」する機能があるそうです。その必要な部分以外はすべてカットしてしまうので別の音にきこえてしまうようです。
わかりやすい例としては、ビデオカメラテープ(ICレコーダーでもMDでも同じ)で録音した音を聞くと自分の声が違うとは感じますが、それ以外に「周囲の雑音がうるさい」と感じませんか?
道路を走る車の音が室内にいるのにまるで屋外にいるような騒音に聞こえたり、冷蔵庫やエアコンの音がいやに大きく感じませんか?
それが「不要な情報」としてカットされた部分なのだそうです。
そうして余分な部分をカットし必要な情報だけ取り出して聞き取ることにより、より性格に判断出来るようにするんだそうです。
でもこの時に悪さするのが「聞き慣れない言葉」を不要な物としてフィルターにかけてカットしてしまう事があるのだそうです。
これを防ぐには乳児のうちから英語などを聞かせる方法があるようですが、日本語の聞き分けに悪影響を与える場合もあるようで、必ずしもいいとはいえないらしい・・・まあ詳しいことは解りませんし、この情報が果たして正しいのか責任は持てませんので・・・興味があれば調べてみてください。
要するに母国語以外の音声は「不要」として聞き取りにくいのが当然で、それにより発音が不得手になるのが当たり前なのです。そう考えると「パキスタンの言葉は日本語の発音にごく近い?」のではないだろうか・・・

くだらないおしゃべりはおいといて研修生のいるあいだに少しはパキスタンの事を勉強して自分の見識を広めたいとおもうのであった。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(3) 
共通テーマ:blog

久しぶりの書き込みです [今日の出来事]

ここ、ひと月ほどこのブログを書き込んでいなかった。
理由は様々あるが、一つには体調が今一つ思わしくなくてさぼっていました。
体調が思わしくないといってもどこがどうというほどの事はなくて、単に気分的なものでしょう。
トリノオリンピックを夜遅くまで見ていたり、夜更かししたのに早朝から起き出してみたりしていたのが原因かもしれません(自業自得と言うことかな?)
でも、オリンピックが終わり通常の生活に戻ってもなかなかすっきりした気分になれなく困っています。
それが原因なのか解りませんが、ほんの些細なことがらが気になってしまいブログを書く気分になれなかったのです。
その些細な原因の一つがこのブログのシステムにもあります。
これは「so-net」が運営しているブログサイトですから当然余計なコマーシャルなどはなく、音声ソフトに頼って書き込みをする自分には都合がよかったので利用していました。むろんプロバイダー契約があり特別に料金を必要としないこともこのサイトでブログを始めた理由です。
でも欠点もありました。携帯電話からのメールならブログをアップできてもパソコンのメールではアップできないのです。
今では可能になったのかもしれませんが、1年前にこのブログを始めたときso-netに確認した限りではメールによるアップが出来ませんでした。
メールによるアップにこだわるのは、音声読み上げソフトとブログの書き込み画面の「相性」があります。
書き込みの時(キー入力中など)には音声がでますが、一旦確定してしまうと全文読み上げをしない限り、書き込んだ文章を確認できないのです。
そうなると途中の部分を修正したいと思ってもカーソルの位置を読み上げてくれないので修正自体がほとんど不可能となってしまうのです。
そこで考えたやり方は、ワープロソフトを利用して文章を作成し、書き上げた物をコピペする方法です。
ところが最近になりなぜか全文をコピペしようとするとフリーズしてしまうようになり仕方ないので1頁(40行程度)づつコピペするようにしていました。
この作業が意外と面倒なのです。
通常のコピーアンドペーストだとどこの部分までコピーが出来ているのか?がはっきりしなくなるのです。読み上げの癖があり、カーソルのある行を読んでしまうため、範囲指定できていない行までよみあげていて、つい勘違いをしてしまうのです。
仕方ないのでカットアンドペーストをするようにしています。
ところが、時折パソコンがへそを曲げてコピーがうまくいかない事があるのです。
全文をコピペしたようにフリーズしているようなのです。
一旦保存をしてから、カットアンドペーストをしなければせっかく苦労して書き込んだ文章が無くなるおそれがあるのです。
そうすると今度は一旦保存した文章を後で消去しなければならず、かなりの手間がかかります。
そんな面倒やパソコン自体の不調も手伝いなかなか重い腰があがりませんでした。

so-netさんへ改良をお願いしたいのは、メールで文章を送れるととても楽に(ワープロソフトで書くのと同じ利便性で書けて後はそのまま送信すれば終了)ブログのアップが可能となるので、是非とも採用を検討してほしいものです。

以前からよく利用しているボーダルサイトにある「無料のブログ」だと通常の書き込みはコマーシャルや余計な物が多くてとても書き込む気になれないのですが、送られてきたメールに返信するだけで日記としてアップが出来てしまう利点があるのです。
これはとても便利なのです。
でも利点もあれば欠点もあります。
ブログの良さには「トラックバック」などの機能がありますが、マイページがとても複雑(余計な物が多すぎる)なので書き込み以外の機能はほとんど使い物になりません。
以前にもこのブログで書きましたが、音声読み上げソフトを利用すると「常に左上から順番に読み上げられる」のです。
大手企業のホームページなどはコマーシャルやナビボタンが複雑に配列されていて実際に読みたい部分に到達するまでにかなりの時間を有するのです。
これはかなり苦痛なのです。
だからといって聞き流していると、肝心の部分を(冒頭を)聞き逃してしまい、結局もう一度最初から読み上げを開始させなければならないなんて事もザラなのである。
ようするに見て読むのと音声で読み上げるのを聞くのでは「必要な部分をチョイスするのに大きな差がある」のです。
たとえば新聞を読もうとしている人が、見出しなどを隠されていたとすると新聞の読みたいだろうと思われるページを最初から順番に読んでいくしかないでしょ?
スポーツ欄を例にとれば「野球の日本代表準決勝進出絶望的」などと書かれている見出しがないとすると、右上の生地から順番に全て読まないとどこに書かれているか解らないはずです。
その場合サッカーやゴルフや競馬など他の競技が先に記載されていれば「何でもっと見やすくしてないんだ」とぶつぶついいながらも順番に読むしかないはずです。
自分のように音声読み上げのソフトを利用すると全てこれと同じ状況なのです。
見出しに相当する「色が変わっている文字」「ジャンプボタン」などが視覚的には見ることが出来ない以上全てを読み上げていかなければならず、それはかなりの苦痛を伴うのです。
先ほどの例はまだ他の競技でしたが、その余分な部分として「まるまる新聞」とか「まるまるドリンク」などのコマーシャルが書かれていたり、毎ページ毎ページ「○ページスポーツ」「△ページ政治」などの案内が書かれていてそれを毎回毎回読まないと先に進めない(読みたい部分が読めない)のですから・・・
解りにくいとは思いますが、もし「PCトーカー」などの読み上げソフトを持っているひとがいたら一度試してみてください。
「百聞は一見にしかず」ですよ!解りにくい説明を聞くよりよっぽどわかりやすいはずです。

もしこのページを読んで少しでも視覚障害者にも読みやすいように・・・なんて思ってくださった方がおられたら一度参考までに下記のアドレスにアクセスしてみてください
参考になる事が書かれています。
アメディアのアドレス
http://www.amedia.co.jp/it/web/guide.htm

このページは視覚障害者が使うばかりではなく、より使いやすい(インパクトや見やすさとは直結しないかもしれませんが)ホームページ作成の提案がなされています。
昨年の秋に参加したセミナーで知った事柄が記載されていてとても勉強になります。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

最近変わってきたこと [今日の出来事]

最近変わってきたことがある。
それは私が通う道程でみられることです。
すでに通い始めて1年がすぎたこともあり、周囲も私が視覚障害者であり、
手助けを悲痛用とする場合があることを理解してきてくれているようである。
そう感じる瞬間は「バスが通常とは違う位置に停車」したり、「行き先アナウンスがない」など視力がないことで判断が難しいと思われるような状況になった時には周囲のどなたかが何らかの方法で手助けしてくれるのである。
バスが通常の位置に停車しないと乗車位置が解らなかったりする場合がある。
そんなとき「モタモタ」する場合がある。ところが「腕を引っ張っる」とか「杖を乗車位置に誘導する」などの方法で迷うことなく素早く乗車できるように手助けをしてくれるのである。欲を言えば多少誘導方法に問題があると思えるが、何もしない人より随分と助かるのである。
この場合、本来なら誘導の方法をお知らせしたいのですが、朝のラッシュ時間で乗降客も多く、後から乗車する人の邪魔になるわけにはいかないので今のところレクチャーは控えている。
もう一つの理由としては「バスが発車するまでに時間がない」ことがあげられる。
時間に余裕がないので、お話をしたくてもなかなか出来ない状況なのです。
でも今後何らかの切っ掛けを作って話をして見たいとは思います。ところが個々にも問題がある。乗車待ちの時間に話しかけたくても、はたしてどの人が手助けしてくれているのか?それがわからないので何ともしようがない?
一応感謝している事をこのブログに公開しておくことで感謝の気持ちを表しておきたいと思います。

自宅付近からバスに乗り駅のバスターミナルまで行くのですが、私の利用しているバスは駅のバスターミナルが終点ではなく、そのまま別の方面に向かうのです。
そのため本来なら決められた停留所に停車するのですが、少し早くバスターミナルに到着したりすると正規の位置に停車しない場合がある。
正規の位置に停車しないのは「しない」のではなく「出来ない」場合が多いようです。
停車スペースは16ケあるのですが、それぞれ単独の路線ではなく複数の路線が同じ停車位置を利用するため、定刻時間より早く到着したりすると別のバスが利用していて本来の場所に停車できない場合があるのです。
正規の時間まで別の位置で待機することは可能ですが、降車する人を先におろすのが常識ですから停車していない場所に停車してバスを降りることになる場合も少なくない。
そうするとなぜかしらバスの停車位置が中途半端な場合が多くて降車口を降りてもバスターミナルの降車口がわからないほど離れている場合がある。
そんなとき「今日はいつもと違うから気を付けて」と声をかけてくれる人がいた。
このような超えかけは初めてでしたが、とても助かりました。
バスを降りるとき(私の住んでいる地方のバスは乗車時に整理券を取り、降りるときに運転手脇の運賃箱で精算する方法)運転手さんに「ここは何番のバス停ですか?」と尋ねる。当然運転手さんは教えてくださるが、バスの停車位置がずれているとはおしえてくれない。時々「きをつけて」と声をかけてくれる運転手さんはいるが、そんな運転手さんはしっかり停車位置にバスを止めているので声をかけられなくても問題ない場合が殆どです。
バスの停車位置を運転手に確認するのは「手軽」と「安心」が理由です。
最近は一応点字をならって何とか数字ぐらいは読めるようになったが、実際には急いでいるとなかなか読めないし、バス停の番号のみが記載されている訳ではないので数字を探すまでにてまどってしまったりするのです。
ですから、「困ったときには時間をかけて点字を読む」のですが、通常は聞いて確かめる方法をとってます。早いし確実ですから!

バスの停留所は1路線のみで利用している郊外と、複数で利用している街中がある。
郊外はバスが来ればどこ行きなんて心配はなく(1路線しかないのだから)ただ乗り込めばよい。ところが街中ではそうはいかない。
乗車位置に止まるバスが目的の路線バスである保証はないのである!
そこで停車して乗車口を開いたときに流れる「○○行きです」のアナウンスを確かめてから乗車するのが普通です。
毎日通うとバスの時間を(タイミング)覚えるので今度来たら自分の乗るバスだから・・・と勝手に決めつけている。だが時々違う場合もある。
先にも書いたが停車して乗車位置が開いてからアナウンスが流れそれから初めて「自分が乗るバスだ」と確認するのです。
こんな場合「××行きがきましたよ」と声をかけてくだされば、バスが到着してドアを開ける前に自分の乗るバスかそうでないかの判断が出来るのである。そうすると時間的に余裕があるのでとても助かるのである。
こんな時に声をかけてくれのは「おばさん」が多いようにおもう!
だが実際に乗車する手助けとか停車位置がずれているなどの情報をくれるのはだいたいが若い男性のようである。
もしかして同じ人ばかりなのかな???


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

06年2月第2週の珍客? [今日の出来事]

今週もお客様がいろいろこられた。
さらに地元の高校生が実習にきていてにぎやかな1週間となる?はずでしたが・・・風邪引きさんが多くて施設は意外と人数が少ない1週間となった。

実習生は昨年来ていた女の子と同じ高校の生徒なので、少し期待していたが、どうにもおとなしい(猫をかぶってるだけ?)子であまり元気がないのが残念だった。
何度か話しかけたが、質問に対して端的な「○○」と答えるだけで「○○です」とかの言葉づかいも出来ないほどである。自ら話しかけている声もあまり聞かれない。
緊張しているのか?と最初は思うがどうもそれだけではないらしい。
もしくるのが嫌なら「さぼる」事も出来るのに毎日来ていたのだからそれほど嫌ではないのだと思う。ともかく口数が少なく話し声も小さいので何度かいることに気づかずぶつかったり(わざととじゃないよ)蹴飛ばした(文句いってる訳じゃない)りしてしまった。
「ここにいます」とか「あぶない」でもいいから声を出してくれればぶつかったりはしないのですが、声を出してくれないと「いないもの」としてしまうのが視覚障害者ですから・・・このあたりは初日から何度か話していたと思うのですが・・・
簡単な事も実行させることが出来なかったのが残念です。

木曜日は本当の意味で珍客だ!
その珍客とは「健やか食生活・・・」(正確な名称は忘れてしまった)から代表者自身が介助者である奥様と団体職員の若い女性を伴いこられたことだ。
この人は以前今の「農林水産省」に勤めておられた人で、退職する頃視力を失い視覚障害者となったそうです。
そんな人が自分の知識を生かして「視覚障害者の食生活向上に努める」事を目的に活動を開始したそうです。
そんな人が「食」に対するアンケートを持ってやってこられたのだ。
少し前にアンケート用紙は送られてきていたが、本人が直接話をしたいとの意向で東京からわざわざこられたのである。
確かにアンケートは簡単な文章で質問文が書かれているので答える人の性格によっては同じような状況の人でも回答は随分と違ってしまうのだ!
「食育」を知っているか?との質問があったとすると、回答の考え方はいくつかあると思うのです。
ある人は「言葉を知っている」から「ハイ」。
また他の人は「言葉の意味を知っている」から「ハイ」。
別の人は「言葉の意味も効果も知っている」から「ハイ」。
となるなど、さまざまなとらえ方があるとおもう。
言葉を知っているか?と書いた場合は「聞いたことある」と説明を求められると困るがおおよその意味は解る場合もある。そんな事を考えるとアンケートは何も出来ないが、ある程度の効果はあるのですから様々な方面で実施されているのでしょう。
でも質問自体を考えた人が質問の趣旨を説明しながら回答を求めることが出来ればそれは質問者が欲しいと思う回答が得られるのだ。
今回は本人が来られて説明をしながら質問をし、挙手をすることで回答とする方法をとりました。
視覚障害者がアンケートに答えるには点字の出来る人は「点字」またはテープなどの朗読音声しか方法はない。それ以外は家族や周囲の人が読み上げて替わりに記入する方法となるでしょう。
そんな面倒をかけなくても質問者が挙手を求めればそれで問題解決である。
ただこの方法は人数が15~16人程度が限界かもしれませんが・・・

アンケートを採るときの説明で「狂牛病」の話が出てきた。
この話はある意味タブーなのでしょうが、私としてはやはり「背骨が付いたまま」の肉を輸出したのはアメリカに問題があるのであり、それを「過剰反応」などと非難をし、大げさに騒ぎすぎるとするのはいかがな物か?そう思うのだ。
日米の政府が合意した取り決めを反故にしたのはアメリカの手落ちであり、一方的でしかない。それをアメリカ側も非を認めている以上、今後の対策をしないうちに輸入再開は絶対に認めるわけにはいかない!
ただなぜ海外の基準と比べて日本が厳しいのか?それを考えると多少マスコミなどの問題点も否定はできない部分もあることは確かである。
ただし「食の安全」は政府が責任を持って確保するべきでしょう!
その安全策に国民が納得すれば安心してアメリカ産牛肉を購入するのでしょうが・・・
余計な話をしているが、このことについて別に非難をするつもりはない。
海外では30ヶ月未満はほぼ問題なしとしているようですし、日本とは飼育の方法が違うだけに正確な生まれ月を把握するのが難しいのも解る。問題は日本国内で7頭か8頭の病気にかかった牛が見つかっているが、それは「全頭検査」しているからであり、海外のようにサンプルとか病気を疑われる牛だけではこれほどの頭数を発見できなかった事は誰の目にも明らかであることを忘れてはならないでしょう。
そしてその中の1頭はわずか22ヶ月(確かそうだと思ったが)と若い牛が病気になっていた事実も決して忘れてはならないのだ。
この話をしたときに当施設の所長が「水俣病」の話を引き合いに出してみたが、それは極論だとする姿を見て「ああっ官僚とはこんなものか!」とがっかりしたものだ。
今問題になっている「アスベスト」や「構造計算書の偽造」などに対する官僚の考え方を想像できる出来事でした。

話が随分と横道に逸れてしまい本来書きたいこととは違う内容になっているが、本音でもあるし、やはり避けて通れない食事に関する問題点ですから可能な限り正確な情報を公開し、安心できる仕組みを期待したいのは私だけの私見では無いと思うのである。

今回こられた方は食に対して「安全」も必要だがそれ以上の確率で起こりうる問題点を指摘していた。それが「食に対する知識を深める」ことであり「食育」そのものの目的だとの事でした。
昔風に言えば「老人ホーム」ですが、特別養護施設などは食事の栄養バランスやカロリーをしっかり計算して1日のみならず1ヶ月スパンで献立を考え「成人病」になりにくい食事を提供しているようだ。だが「まずい」と感じる人は少なくない!いや多分殆どの人が「うまくない」と感じているのでしょう。
ところがこれが原因で食欲が細くなりそれが元で栄養不足に陥る可能性を指摘する人はいない!それが問題だというのです。
確かにカロリーや塩分などしっかりコントロールしている献立かもしれませんが、ひとそれぞれ食べる量が異るはずですし、そうなれば同じ食事では必要なカロリーやビタミンなどの栄養素を確保出来なくなる可能性はあるのだ。
一番困るのは予定の(食事を提供する側)分量の食事をしない人である。
薄味にすれば確かに塩分を取りすぎて起こる血管の病気になりにくいかもしれませんが、それが原因で適量の食事をしなくなり結果としてビタミンなどが不足してしまうのは本末転倒も甚だしい!
ところが病院の食事にしても同じだがこんな事がまかり通っているのは事実であり、これを引き合いに出されると確かに問題は大きいと感じざる得ない。
狂牛病などは1万分の1以下の可能性をいかにも大層にいっているが、施設に住んでいる人の人数を考えると確かにこちらの問題の方が深刻だと感じてしまう。だからといって狂牛病をどうでも良いこととは思えませんが・・・
そんな話をしていると自分の食生活を不規則で栄養のバランスを全く考えていないものだと痛感してしまった。
正直自分で出来る料理の種類は限られているし、新たな料理を覚える気もあまりない。
それ以上に私自身の問題として「極端な偏食化」なので食べることが出来る食材が本当に少なくそれが食事の幅を狭めているのである。さらに仕事を出来ない(就職先がない)ことで経済的にはかなり厳しい状態にある事も手伝っていて日持ちのする食材や単価の安い物を選んでしまうのも料理の幅を増やせない原因である。
さらに問題なのは自分一人だけしか食べないので「何を食べたいか?」で調理する物を決めてしまうのが現状であり、それが偏った食事につながっているのは否めないのだ!
偏食かは給食などは絶対に食べられないので本当に困るのだが・・・
簡単には直らないしアレルギーの部分もあるので止む追えないかな?


nice!(0)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

今週の白杖歩行について [今日の出来事]

今週はどうにも白杖歩行がうまく出来ない 1週間となった。
理由はさまざまですが、やはり「慣れ」が災いしているようです。
正直昨年の今頃は「どうして歩けるんだ?」と自分自身で迷いながらそして恐怖心と戦いながらの白杖歩行でした。正確には練習ですが・・・
そんな1年前からは信じられないほど自信(悪い意味で)をつけてしまい、結果としてミスをするようになったと思われます。
大きなミスではないし、以前と違い同じミスでも自力でリカバー出来るのでそれが余計に悪影響をもたらしているように思える。
よくミスするスーパーの駐車場ですが、やはり今週もうまく歩けない日があった。
だが一番の問題は周囲の音などに惑わされたのか本来の方向に(真っ直ぐとか少し右とか)歩けずに結果的に自分のいる位置を見失うケースが3回もあった!
この場合自分の感覚でそんなに目標の位置からズレてはいないとの自信があるので、注意深く周囲の音を聞いて自分の位置を予測する。
当然この場合は立ち止まったまま足を動かしたりしないで観察をするのである。
すると脇を(車道)走る車の走行音から自分が車道からどの程度離れた位置にいるのかを?を判断したり、交差点が近いと思われる場合は交差点で停車したり、曲がる車の音を聞いておおよその距離を判断するのです。
今の自分は丸1年通い続けた道を歩いているのでこのようなリカバーを落ち着いてできますが、初めてとか(歩行訓練の合格が出てからの話ですが)それに近い状態ではどうなるか自信はない。
まして歩行訓練を全くしていない場所はまだ歩く勇気も自信もありません。
点字ブロックがあると歩行訓練をしていなくても、ある程度歩けますが、その点字ブロックがどこにつながっているのか?また、途中の路面状態は?などを知らないとうまく歩けないのです。
一人で放り出されて何が何でも歩く必要に迫られれば可能かもしれませんが、通常はこのようなケースは周囲の人に助けを求めるように指導されていますのでどうするかは解りません。

実際にはそれほど危うい状態にはならないうちに自分が危険な状態にある事を判断できているのでそれほど大きなミスとは言えないのかもしれませんが、それでも今後今以上に慣れが災いしないか?それが心配です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

白杖歩行のその後 [今日の出来事]

このブログは白杖歩行を始めた私の上達具合?とその心境の変化を記したくてはじめたのに、最近は白杖歩行の事はまったく振れていないきがする。
そこでもうじき1周年を迎えることを記念?してこの1年間を振り返ってみることとした。
昨年の今頃はまだ白杖の使い方をレクチャーしていただいている状態で本日のようにある程度自由に行動できる日が来るとは想像もできなかったように思う。

ちなみに昨日は自己採点による白杖歩行は85点ぐらいかな?
スピードも確実にルートを歩く事も問題ないが、ちょっと左右にブレていて堤防をスムーズに歩けたとは言い難いのがマイナスポイントであった。
このブログを始めてからずっと点数を書いていたが意外と自分の中では満足できる点数を得られない。しかしその代わり極端に低い点数もない。
ところが今週帰り道でいつも苦労しているスーパーの駐車場でルートを見失いあやうく迷子?になるところでした。
でもこの日の自己採点は88点と逆に高く付けている。
その理由は「パニックにならなかった」事を評価しているのである。
白杖歩行をする為に絶対に必要な条件として、自分のいる位置とこの先進むべく方向を確実に見極めることが絶対必要なのですが、それを見失うとどうしても焦ったり、余計な探り?をしたりして逆に自分のいる位置を解らなくしてしまう場合が多かった。
過去にそれで随分と困ったり危うい状態になった覚えがあるのです。
やはりなかなか冷静ではいられないのが「迷っている」と感じた状態に追い込まれた時である。そんなときは恐怖心がわいてきてしまい、どうしても冷静ではいられなくなるのである。
そんな経験を1年間かかって何とか克服?してきたのか先日はパニックにならずにすんだのである。
これは本当に評価したい!
ドライブに出かけて迷ったがカーナビも無ければ霧や暗闇で自分の位置が全く解らない状態になるとどうしますか?
Uターンしたり山勘で進路を決めると思うが、それはそれで迷子の状態から脱出する方法として必要な事でしょう。
ところが自分たちは「Uターンは絶対にしない!」が常識なのである。
理由は簡単で180度向き直るのが難しい!!ことにある。
どういう意味か?それは真後ろを向くには90度を2回曲がるのと同じですが、その誤差はそのたびに大きくなる。すでに方向性が怪しい状態でさらに方向をあやふやにするのは迷子の状態をひどくする可能性があるからである。
そうなるともう一つの方法の「山勘」が頼りである。
ともかく自分が現状でこの方向だと感じている向きに向かいゆっくりと歩を進め、杖は通常より幅を広く振りながら進むのがベターだと思われる。
通常のルートを右に30センチ外れていてそのまま右寄りに進んだりすると道路や歩道脇の側溝や田んぼなどにつっこんだりしないとも限らない。
そんな状態で覚悟を決めて歩を進めるのはかなり勇気と経験が必要なのである。
どうしてもこんな時先に書いたとおり余計な行動を初めてしまい、かえって悪い状態に落ち込む可能性があるのである。
白杖歩行をしていて迷子になる可能性がある場所はルート全体でみてもほんのわずかな距離しかないように考えて白杖歩行のルートを設定している。
それは一旦迷っても、自分でルートの回復をする事が不可能では白杖歩行自体が成り立たなくなる可能性が大きいので、出来るだけわかりやすい(杖の感触や足の裏で感じる)ルートを利用するのである。そのため他のバス停や違う路線の方が距離的に近いものがあっても歩きやすさと安全性を配慮してルートを決めている。
ルート自体の設定は白杖歩行を指導してくれる訓練士が選んでくれるのですが、実際に白杖歩行の指導ををしてみて「あっこれは難しいな」と感じると別の方法を見つけ出したりして歩きやすいルートを選ぶのです。
ともかく白杖が視覚の替わり(触覚)ですから杖で状況を判断できるルートを選ぶ!

少し説明が回りくどくなってしまったがそうやってルートを設定しても「この部分はちょっと難しい」なんて箇所はルートの所々に出てきてしまいますが、その一つ一つの距離は30㍍以下の短い距離になるようにしているのである。
そしてその先はかなりはっきりした目印で自分の位置を確かめることが出来るようになっている場合が多く今回迷子になった地点も「あれっ」と感じた地点からおそらく10㍍~15㍍程度先には確実に位置を確かめられる地点があるはずなのである。
こう覚悟を決めてゆっくりそして杖の幅を通常よりかなり広く振って歩き出す。
一歩また一歩と慎重に足を運ぶと車の音からしてそれほど極端にずれているとは思えないと確信できた。
そうなると後はランドマークを見つけるだけである!
一応安心はしても慎重に足を運ぶ!するとほどなく目印があった。
私の予想よりかなりルートに近い地点を歩いていたのである。もし杖をあと10センチ左に振っていたらもとのルートに問題なく戻れたはずである。
それでもそんなことをしなかったのはより悪い状態には陥りたく無かったからであり、パニックでミスをする可能性を無くしたかったからである。
左に杖を大きく振るとどうしてもルートが左に寄ってしまい、元々左にずれていたとしたら余計にルートから外れる方向に歩くことになるのでそれを避けたかったのである。
この事実から1年での私の成長?はかなりのものであると自画自賛している!!
安全にそして素早く歩くことは大切であるが、それ以上に万が一ルートを見失ったときにどう対処するか?それが一番の問題ですからそれを実践出来るようになったのが一番の成長だと思うのである。
今後はさらにルートを的確にトレースする技術を高めながら万が一の対応をより確実にしたいと改めて思う出来事であった。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

仕事そっちのけ?の餅つきでした [今日の出来事]

本日は今年一番の寒さだ。とは言っても自分が出かける日の中の話ではあるが・・・
寒さにうちふるえながらの通所となる。
そして本日は屋外での餅つきなのだ!なんて付いているんだろう(グスン)
もちろん仕事をホッポッての作業となる。
まあこれも仕事の一環ではあるのですが、やはリクレーションの要素がでどうしても「遊んでる?」ような気持ちになる。
今日の餅つきは自分たち施設の人間だけでなく近くの小学生がやってくる。
昨秋の稲刈りに参加していた小学生が24人と付き添いの先生が来られるのである。
子供達は授業の一環として参加するのですから時間的に10:00~12:00の間に全ての作業を終了しなければならない。
朝からミィーティングの時間を削ってまでも餅つきの準備を始めている職員の方と対照的に寒い寒いとのんびりとストーブガンガン効いている室内にいる自分とでは随分と差がある物である。
子供達が予定通り来たのですが、まだ肝心の餅米が蒸けていなくて場つなぎとして、お餅の付き方?を詳しい利用者がレクチャーし始める。
意外だったのは子供達の中に臼で餅をついた経験があったり、見たことがある子供が多いことだ。自分の世代でも機械での餅つきが主流になってきていたのに今の子供(小学生)が臼での餅つきの経験があるとは本当かな?と勘ぐりたくなるほどである。
臼での餅つきではなく機械での餅つきじゃないの?と聞き返したくなる。
結局本当のところは闇(聞いてない)ですが・・・

餅つきが出来るとお声が掛かったので子供達が屋外に飛び出していく!
私たちも後に続くが子供達が終わらなければ自分たちの出番はないのが解っているのですから「ゆっくり」いやいや「まだいいじゃん」となかなか屋外に出たがらない私である。
さて寒い寒い屋外にジャンパーをしっかり既婚ででるが、やはり寒い!!
子供達は興味津々なのか元気である。信じられない気持ちですが、自分が子供の時にはそんなものだったのかな?なんて観賞にふけっていました。
子供達の餅つきは「経験あり」なんて言っていたようですが、やはり・・・
とても経験者とは思えないほどのつたない手つきのようだ。
まあ自分では見て確認できないのですから周囲の声や音での判断ではありますが。
杵は木製ですから石製の臼を叩くと杵がつぶれたり木の屑がお餅についてしまうので確実にお餅をつかなければならないのですが、やはり子供ですから力も弱く杵を持ち上げるので精一杯の様子。介助やくで所長などがついてサポートしてようやく杵を振り下ろすなんて状態のようだ。
20回ぐらい数えながら子供達が交代していくが、順番待ちの時は早くやりたいみたいでも実際始めると「まだやるの?」みたいな感じでした。
意外と力がいるし旨くできないなと思うのかな?
本日のノルマ?は8臼である。
子供達が2班に分かれて2臼分(臼が2つある)つきあげると早速お食事タイムとなる。もちろん子供達だけですが・・・
子供達がつきたてのお餅を楽しんでいるとき私たちは寒い寒い屋外で餅つきにいそしんでおりました。
ノルマがあるのですから・・・

先ほどと違い今度は大人ですが視力が弱い子か見えない(私も含め)人が餅つきですから別の意味で大変である。
杵を重たいとは思いませんが、臼の真ん中(餅のある位置)がよくわからないのですから誤って臼をついてしまうのでは?そんな不安があるのです。
視覚障害者のサポートにまたまた所長などが付いて杵をふることになるが、所長は片手でずっと子供達の手伝いをしていたらしく「腕が痛い」となげいていました。
それでもやはり一人では不安ですから所長がガンバル?
一人また一人と交代しながらお餅をつくが意外と?へたでなかなか仕上がらない。
本日の寒さでは早くつかないとせっかく蒸かしたお米が冷えてしまい旨いお餅にならないのに・・・そう思っていたら「次ね」と指名をうける。
私自身は中学生の頃から餅つきをしていた経験がある。
その前は杵担当ではなく手返し担当でした。
小学生のころはまだ杵がうまく振れないので母が杵を持ち私が手返しの役割でした。
中学生の頃から母とポジションチェンジしてお餅をつく(杵担当)になりました。
その後随分とお餅をついた経験がありますから要領はわかっている!
だが心配もある。
それはさきほども書いたが臼をついてしまうのではないか?とのふあんである。
当然というのか見て確認できないのですから調整など出来ないのである。
まず杵を臼の中心におろして自分の足の置く位置を決める。
そしておもむろに杵を振り上げて「どすん」と振り下ろす。
結果は○でした。
その後も何とか臼を叩くことなくお餅に仕上げることが出来た。パチパチパチ
意外なほどうまかったのか?それとも楽したいのか?「次もよろしく」なんて職員に言われてしまい調子に乗るがいかんせん体がなまっていて腕がだるくて巧く杵が振れなくなってきた。
本日の朝腰に痛みを感じていたこともあり適度に逃げ出す?

私たちが寒い中がんばっていたのに子供達は暖かな室内でお食事タイムでしたが、そろそろそれも終わり!
再び子供達に(今度はつきたい子だけ)杵を預けて自分たちは休み?に入る。
子供達は本当に元気でもう一回もう一回なんて積極的な子供もいれば、もう十分らしく他の子達と話をしているグループもある。
おもしろいので話をしている子供に「何食べた?」と聞いてみるが「お餅」とみんな答えるんですね!
確かに間違ってはいないですが、私にもお餅を食べていたのは解っているのですからどんな味のお餅?と聞いたつもりなのに「お餅」とのこたえとは・・・
重ねてどんなお餅食べたの?と聞くと「きなこ」「大根」「あんこ」と答えてくれた。他の何人かの子も同じ答えだったところを見ると1皿に何種類かのお餅をのせて配ったんだろうなと想像できた。
子供達の満足そうな声が聞けてとてもうれしかった。

お餅も予定の数無事つきあがったので私たちも室内に戻ることにする。
当然ですが、室内はストーブがガンガンたかれていてとても暖かいので冷え切った体には「天国」と思えるほどでした。
部屋に戻り手を洗って準備万端?さあっ食べるぞ!
「からみ(大根)」「きなこ」「あんこ」と次々と胃の中に消えていく!!
私は個人的にはつきたては「からみ」にかぎると思うのです。
大根おろしに醤油をたらしその中を一口サイズにちぎったお餅を転がしパクリと口に含む!つきたてだからこそ味わえる至福の味だとおもうのです。
当然?私は「からみ」のお変わりを要求する!!
きなこやあんこは後日(ある程度堅くなってからでも)でも十分楽しめると思うのですが、やはり「からみ」はつきたての感触を味わうのは不可能ですから・・・
ああっ満腹、満腹なんておもっていたら「磯辺焼き」が登場した。
迷わずに手を出して食べる。
さらにもう一つ!さすがにこれは自ら食べようとしたのではなく焼けたけど他に食べられる人いないから・・・じゃあ食べますみたいな感じでした。
お餅だけでなく女性職員の方が作ってくれた芋煮汁(みそ)も一緒に食べているので本当に満腹状態である。
本来ならこれに「ぜんざい」が出るはず?だがさすがにもう食べられない状態で3時にする?なんて話しもでたが、結局後日となる。

お餅をつくのは2つの臼で人数もたくさんいたが、その後の処分?は人数と場所が限られているのでけっこう時間がかかった。
施設内の至る所にお餅が置いてあるので視覚障害者がウロウロすると・・・絶対まずいぞ!
そこで午後の作業開始時間になってから「散歩に行ってきて」と追い出しをはかる?
とっても寒いのですから「ずるい私は」ガンとして動きませんでしたが、若い人はしっかり散歩に出かけていきました。
いつもの作業台に新聞紙などをひいてお餅をカットしている様子である。
8臼分のかなりは伸し餅になっているのですからそれをカットするのはなかなか大変である。もう少し時間が経過して堅くなると包丁も入りやすいでしょうが、まだまだ柔らかくてまともには着れない状態なのでしょう。
全てのお餅をカットしてそれぞれのおみやげに袋詰めしてようやく作業終了!!
職員の方ご苦労様でした。
さらにお手伝いに見えた家族の方やボランティアの方も本当にご苦労さまでした。
お疲れ様!
それではさようなら・・・
まだ作業時間があるんだけどなぁ・・・
やはり帰してはくれませんでした。
ほんの少し1時間程度の作業をして本日は終了!
でも私はまだかえれない。
今日は木曜日そうです。点字の勉強である。
昨年末から数字の勉強になっていたが本日で一応数字の部分は終了
次回からは記号、それが終わるとアルファベット、最後に小説などを読んで一応終了となる予定ですが、なんとか夏頃をめどに終りたいものである。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

06年仕事始めの1日 [今日の出来事]

本日は2006年1月10日である!だが本日が仕事始めでした。
えっ今日が仕事始め?なんて驚かないでくださいねっ。

おかげさまで?年初来からの異常とも思われた寒波ですが、本日はかなり緩くなっており風も弱く非常に穏やかな1日であった。まるで私の出勤を喜んでいる?かのような陽気である。ジョークはともかく本当に昨日までの寒さはどこ行った?と感じるほどの穏やかな1日でした。だがやはり朝は寒い!
年末の26日に仕事納めして以来、2週間ぶりの通所ですから随分と時間が経過しており、体がなまっていて?とても出かける気分にはなれないものです。
もちろんそれでも気持ちは張りつめていて初めての出勤や通学の時に誓い妙な緊張感があった。
その緊張感をもたらす主な原因がバスを降りてから施設までの白杖歩行にある。
白杖歩行については過去に何度か書いていますが、やはり視覚に頼った判断が出来ないので久しぶりに歩く道に対する不安がかなりあるのです。
まあ今回は年末年始のお休みですから道路工事が行われて歩行する部分が著しく変化している可能性はほとんど無いのでしょうが、それでも車の事故で電柱やガードレール又は道路標識やブロック塀などが破損していないとはかぎらない!
普通に視覚を利用して歩いているのでしたら「あれっ、事故かな?」なんて思えば住むし、意地悪く車どうなったんだろうな?なんて野次馬根性で見るかもしれないでしょうが、自分たちの場合ブロックやガードレールを伝って歩く場合が少なからずあるし、電柱や道路標識を見つけたらそこが交差点とか横断位置だと判断しているのですから万が一にも自分の目標としている物がなくなったりしていると非常に困るのです。
可能性の問題とすれば、あり得ないほど低い確率で「宝くじに当たる方が簡単」だと思えるほどでしょうが、やはり不安は残るのである。
そしてもう一つは自分自身の問題である。
昨年の今頃から白杖歩行の訓練を始めたのですからちょうど1年ですが、この間2週間も白杖歩行していないなんて事は無かったのだ。一番長いときで3日間でそれ異常のブランクは1度もないのだ。
だが今回は異常とも思える寒波と出かける必要性に乏しかったこともありまるまる2週間白杖歩行していないのである。
杖の感触をはたしてどの程度覚えているのか?考えると気分が悪くなるほど不安が襲ってくる!!
まあそれも昨夜までで本日の朝になれば「寒い」とか「行くの嫌だな」なんて気持ちが強くて忘れていたけどねっ!
行くのが嫌なのは出かけるのが嫌なのではなく「こんな早い時間は嫌」なんですが・・・
そんなこんなで気分は今ひとつ盛り上がらないがとりあえず?出かける。

朝のバスターミナルはもうすでに正月気分の人はいないらしく、自分が休みすぎ?と実感じる。
バスをまっていると「どのぐらい見えます」と声をかけられる。なんだ?
不思議に思ったらなんとその方が糖尿病を患い視力が落ちる恐怖に直面しているらしく、私に(白杖を持っているから)視覚障害者の事を訪ねたかったようです。
突然の事なのでうまく受け答えが出来なかったのが残念である。
自分の今後の目標は自分と同じように視力を失いつつある過程や、失うかもしれない不安にとりつかれている人の気持ちを少しでも楽にしてあげたいなんて考えていたのに・・・少し反省します。
自分自身視力が落ち始めてどうなるんだこの先は???
そんな風に考えていたときも十分?しんどかったが、その後の後どのぐらい見えているかな?なんて考え始めたときは本当にきつかった!
そんな思いを(忘れかけていた思いを)ふと思い出したんです。
それが今年初通所の日とはとても信じがたい偶然である。
乗車したときに自分とは離れた位置に座ったようで話はほんの少しの間だけだったが、今後の課題として・・・宿題が出来た気分です。

もうじきバスを降りる停留所だ・・・するとまた「うまく歩けるかな?」なんて不安がよぎる。本当に久しぶりなんだからどうしても不安が頭をもたげてくる。
なんだか歯医者の順番待ちみたいな気分である。
まあ何とか無事に歩行は出来たが、やはりなかなか思うようには杖が使えない。特にいつも苦労しているスーパーの駐車場ではうなかなかガイドが解らなくてかなり苦戦していた。それ以外は特に歩行する部分の変化は認められずであった。
そして堤防に出たときに風がほとんど無くてそれが本当に助かりました。

施設に着いて一応?新年の挨拶をして回る。
今年最初なので結構人が一杯だ。とはいえ2人休んではいたが、ボランティアのかたがきていたのでそんな風には感じなかったのかな?
朝のミーティングは年末年始の報告会&新年の抱負を行いついに午前中が終わってしまった。まあ予想の範囲内ではある。「想定内!」だ。
午後から今年初めて作業をするがやはりなかなか体がうまく動かない。
まあぼちぼちいきますか?

最近考えていることがある。それは「映画の解説をするボランティアサークル」を作れないか?である。
視力が乏しくても映画は見たい気持ちはある。
正直悪くなる過程ではとてもそんな気分にはなれなかったが、現在は映画を楽しみたいと思っている。
確かに最近は「シーンボイス」なるシステムを使い解説を入れた映画もほんの少しではあるものの解説付きの映画は存在はする。だがこれは私の要望には全く応えられないのだ。
理由は簡単!準備に時間がかかるので直ぐには(新作は)できない。それとあまりに少ないタイトルしか行われていないのだ。
NHKの朝のテレビ小説などでは副音声で解説が流れているが、用はそんなものだ。
ただしもっとレベルの高い物を作ろうとしているのでシナリオを自分たちで作りそれを忠実にアナウンスする事が必要なようである。
私の希望としてはあまり余計な事を言わないで!ですが、私とは違う考えの人も多くそれが結局シーンボイスなどの普及が遅れている要因なんだろうと想像できる。
まあ自分の考える物は今上映されている映画を隣の席で見ながらシーンの解説をしてほしいだけなのです。
あまり事細かに話されると自分の想像が働かないので「シナリオ本の朗読」になってしまうのは私は嫌なんです。
まあそんなこんなで今は自分の周囲にいる映画の好きな人に「映画一緒に行って」とお願いしている状態ですが、やはり好みや都合が合わなくて結局見逃すものも少なくない。事実「春の雪」は結局みれなかったのだ。
焦らず、徐々に徐々に計画を進めて生きたいと思いますが・・・
今年の課題かな?


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

05年最後の通所にあたって [今日の出来事]

今年もついに最後の日(通所が)となった。
松飾りが取れた頃から白杖歩行の練習を開始して2月の1日から通所を始めたのだ。
そして丸1年間の白杖歩行経験者になってきたのだ。

今日は少し体調が悪くて朝起きれなかった。
本当は休もうか?と真剣に迷ったのですが、今年最後の通所なので、なんとか起きて出かけることにする。
寒さに弱い私としては常にかなり厚着していますが、今日はいつも以上に厚着してでかける。寒さは先週までと比べると少し楽に思うが、やはり屋外に出て5分もすると手足が悴んでくる。カイロを握りしめてバスを待つ。
無事に駅でも乗り換えを済ませ目的のバス停に!
バスを降りてからの白杖歩行は単独歩行を初めてからでも丸9ヶ月となりある程度自身をもって歩けるが、やはり苦手な場所もあるし体調の悪い今日は特にいやだった。
それでも無事に問題のスーパーの駐車場をクリアーするその後は比較的歩きやすい(白杖で)ので安心?して歩く。
話は違うが先日まで放送されていたドラマ「1リットルの涙」のなかで「あせるな、いそぐな、あわてるな」なんて台詞がありましたが、今の私にはピッタリする言葉かな?なんて妙に共感していました!台詞を話す女の子は足の自由が奪われてきて気持ちや考えに体が着いていかないから時間がないとか、早く行きたいからなんて思わないで「あせるな、いそぐな、あわてるな」になるのでしょうが、私も走れるわけではないし、確実にポイントをたどっていかないと「あれっここはどこ?」とすぐ迷ってしまい周囲の助けがなければ原状回復が出来ない状態に陥る可能性が大きいのだ。
この主人公の女の子と同じで「あせるな、いそぐな、あわてるな」を座右の銘にしようかな?そんな事を思いながら歩いていく。
堤防に出ると風邪が一段と強まり帽子を手で押さえていないと吹き飛ばされてしまうのである。
右手は白杖を持っているから左手で帽子を押さえることになるが、厚着しているうえに肩こりが結構ひどくて腕が上がらないのでつらい体勢となる。
何とか堤防も無事通過し施設に到着する。

本日は広報誌の印刷が190部もあるのでミーティングもそこそこに作業にはいる。
私はまだまだスピードを要する場合は点字印刷に関われないので、本日は名刺の印刷とトランプの印刷に回る。
広報誌の印刷は版に紙を挟む人が3人、ローラーを通す人、版から紙を抜く人が2人、できあがった広報誌のページを確認する人、最後に表紙を付けてホッチキスで製本する人、最後に用意してある封筒に広報誌を入れて封をする人、それをチームでこなすのです。
版に用紙を入れるのはやはり慣れが必要でスピードを要求されるとまだまだ私では・・・となる。
点字を読んでページを確認するのもゆっくりなら可能でも今日のペースでは1/3がせいぜいでそれ以上はなかなか・・・
ローラーや紙抜きも出来ますがやはりスピードは・・・となる。
封筒へ入れるのは可能ではあるが、名刺などの印刷も必要なので私がその方面を担当してやることとなった。

昼までにどの程度出来ているのか?15時までに本当に出来るのか?心配でしたがなんとか無事に作業は終了しました。

昼ご飯ではクリスマス会の余り物?がたくさんあったので、その処分?を手伝う。
お弁当を持ってきている人は別にして給食を頼んでいる人は「カレーライス」を食べ、お弁当持ちの私もカレーをおかず?にする。
食後のデザート?に「苺大福」が出てきたが、少し変な気分ながらおいしくいただいた。
作業が終わってからのお茶の時間は「ケーキ」が登場!
チーズケーキ、チョコケーキ、フルーツケーキと3種類もありどれにしようかな?
いつもよりかなりのカロリーオーバーではあるが寒さに負けて歩く歩数は少なくなり消費カロリーは・・・・ヤバイゼとは思いつつやはり手が伸びる・・・

今年ももう終わり(作業は)なので施設の職員さんやボランティアの方に挨拶をして帰る。
おみやげ?に「おもち」や「みかん」などを頂いてかえる。

本日は少し作業終了後お話をしていたのでバス1本分遅くなる。
乗ったバスが順調に(定刻通り)駅に着けば問題ないのですが、10分程度遅れてしまいバス停に着いたときには乗りたいバスが発車した直後となる。
バス乗り場は円周上のバスターミナルに16のバス停があるので場合によってはすぐ隣とか2つ程度離れているだけの場合があるが、最悪8つも(真反対)に停車する事もある。こんな場合ショートカット(内側は吹き抜けで歩けない)出来ないので外周を歩くことになる。
朝と夕方は人が多くしかもバスの発着も多いのでなかなかスムーズに歩けない!
乗車待ちの人はどうしても列を作って外周を歩く自分の進路をふさいでいる。
そして下車してくる人は勢いよく?飛び降りるような高校生が多いのでうっかりするとぶつかってしまう。そんな事でなかなかスムーズに早く移動できないので今日みたいに6つも離れて停車されるとどうしても時間がかかる。
そんな今日のできごとです。
バス停で列を作っていて「すいません、通してください」と何度か声をかけても知らん顔?の人がいた。そんなとき「どのバス停ですか?案内しましょうか?」と声をかけてくれた若い男性がいた。
多分30前後のサラリーマンだと思うのですが、自分の乗車するバス停まで案内をしてくれた。
この男性は「手引き」の仕方を知らなかったようですが、案内(声かけ)はしっかり出来ていて、「いま○です。もう少しです」「あと5㍍です」と細かく今いる位置を教えてくれたので安心して歩けた。
今日は私が腕を取って歩く方法をこの親切な男性にお願いしなかったのですが、今度このような機会があったらぜひとも手引きの方法をレクチャー?したいと思います。
ただ今日のように声をかけてくれるだけでもすごく楽だし、安心できます。
円周上のバス停なので停留所の数を数えま違えてしまい、1つ隣のバス停でひたすらこないなあなんて待ち続ける事がありえるのですが、確実にバス停を教えてくれたのですからその心配はありません。
これだけでも本当に助かるし嬉しいのです。
皆さんもこんなふうに声をかけてくだされば嬉しく思います。
今日なぜバスが発車した直後に到着したとわかったか?
それはバス停に到着してほどなく違う路線のバスが入ってきたとき「×行きのバス来ましたよ」と女性(老女だと思うけど)が声をかけてくれたのだ。
この際違う路線だと伝えると「ちょうどバスが出た後来たのね」と教えてくださったのです。
これはある意味残念の気持ちが大きくなるが、妙な期待が無くなるので助かりました。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:blog

05年12月20日の出来事 [今日の出来事]

大寒波に見舞われ寒さにうち震えている日本列島です!
私の住んでいる地区も寒さが厳しく(温暖な地区だからこそ寒さが応えるんです!?)凍り付いています。
ただ寒い寒いと体を丸めていたのでは白杖歩行が出来ませんから「カイロ」を片手に分厚いジャンパーを着て「正に重装備」で出かけます。

寒さに負けてはとは思いつつなかなか体がゆうことをきいてくれませんから本日は度々周囲の人の声に助けて頂いた。
最初に助けてくださったのは、自宅近くのバス停でのことです。
通常バスは「停車してから乗車口を開ける」のですが、今日は走行中から開けていました。正確には開き始めていたのです。
停車してからドアを開けていては時間が掛かる(2秒程度だと思うけど)のが嫌なのか?それとも別の目的なのか停車したときにはすでに全開していたと思います。
これが「困った原因」で助けていただきました。
助けてくれる人がいなくても時間がかかるだけで乗車自体が出来ない訳ではない。
停車してからドアを開けてくれれば「作動音」でドアの位置をおおよそ確認でき、多少自分のいる位置からズレて停車しても比較的スムーズに移動し乗車できます。
でも、停車した時にすでにドアが開いていると開閉音がありませんから「乗車位置」がわからないのです。
そうなれば「正面」「少し左」「少し右」「もう少し右」「もっと右」元に戻って「もう少し左」「もっと左」と少しずつ移動して乗車位置を探る以外にないのです。
確かに走行しながらドアを開いても音は聞こえます。でもその音が右から近づいてきてどの位置で音がしなくなったのか?それは解りません。停車するまえに作動音がなくなると全くのお手上げなのです!!
今日は他に乗る人がいて「もう少し左です」と杖を持つ腕を乗車位置に誘導してくださったので楽に乗り込めましたが、普通なら最低10秒は無駄に停車する必要がでることでしょう。
バスを降りるときに「走行中にドアを開けるのは止めて欲しい」としっかり運転手さんにお願いをしてから下車しました。

乗り換えのバスに乗るときも女性に声をかけていただきました。
バスが停車して降車口を開いて乗客を降ろしているのはわかるのですが、乗車口を開いた様子がない!
以前おいてけぼりを食わされてから神経質になっている私はバスが停車したと判断すると直ぐに乗車できる体勢をとるようにしているのです。
そうしたら「まだ開いてないよ」と声をかけてくれたのです。
もちろん私にも解ってはいますが、やはりありがたいです。
さらに「ドアが開いたよ」とも教えてくれた。
この女性は多分以前にも手を貸してくれた方だと思うので、私が乗るべきバスが解っているのでしょうが、私は一応ドアが開いて「○×行きです」のアナウンスを確認するまでは乗るのを避けているのです。そんな私に乗れるよと教えてくれるのですからありがたい!

施設最寄りのバス停で下車し信号機を待っていたら「渡れますよ」とこれまた女性の声がする。
この場合も信号が変わって横断自体可能な状態であることを理解はしていました。
待っていたのは同じ施設に通っている仲間と時間差を作りたかったのです。
わざと信号を1つ遅らせて歩きやすい状況を作るのです。
教えてくださった方には申し訳ないのですが、一応?「ありがとう」とは応えた物の横断はしませんでした。この女性が再び同じような状況で今度は声をかけるのをためらったりしない事を祈ります。
朝は都合3回のお助けがあった。

帰りは時間を間違えていてバスに乗れるかどうかきわどい時間だった。
一応可能な限り早くでも焦らないで歩く。
いつも苦労しているスーパーの駐車場まで来たときに問題発生!
どうも車が飛び出した状態で停車させてあるようなのです。
自分たちが真っ直ぐ歩くには(道路に沿って)感ではムリです。単純に直線でも難しいのですが、一般的には多少左右にカーブしている道路が殆どなので、道路と平行にある目標物をガイドに利用するのです。
でもこの駐車場で利用するガイドの上に車があったのです。
極端な話し土砂崩れで道路を遮断されてしまいその先に進めない状態に近い。
違うのは障害物をうまくよけて元のガイドを捜せばその先に薦めることです。
ただこの場合はランドマークをみつけてほんのわずかな凹凸を外さないように慎重に歩けば何とかなる!そんな場所ですから一旦ガイドとする凹凸から離れると、再びガイドとなる凹凸を探すのがほとんど不可能なのです。
このときに自分が方向を誤って車道にでかかったのです。
実際には車道の手前に側溝の蓋があり神経質になっていた私はこの側溝の蓋を発見できました。そして側溝の蓋をたどれたでしょうが、車道の直ぐ脇で境がないのでかなりキケンな状態になります。
ちょうど側溝の蓋を探り当てた時「あぶないよ道路に出ちゃうよ」と女性の声がした。
そうなんです、またまた女性に声をかけて頂いたんです。
これは本当に助かりました。もしこのケースで誰も教えてくれないと車道に出てしまい事故の可能性も否定できません。
今日はなんとか側溝の蓋を発見できていましたが、それが車道脇の側溝なのか?それともいつもガイドにしている凹凸なのか?それは解らないのです。
わずかな凹凸を間違いなくたどれればもう少し進んだ地点で本来のルートに戻る事はできますが、それ以前に車道に飛び出して・・・なんて最悪のストーリーも否定できない状態だった!

今日の話は今年も後わずかになり緊張の糸がゆるんでいるのか?なんて思うような事ですが、本人は決してそんなつもりはありません。
帰宅する時間ですが、最近はもう真っ暗な日が続いていましたが、今日はほんのり明るさがあった。
周囲の明るさもある程度わかるのですが、一番感じるのは走行している車のヘッドライトが眩しく感じるか否かです。
周囲の明るさがある程度あるとヘッドライトが点灯している事にすら気づかない場合があると思いますが、暗くなると眩しくて顔を背ける用になりますから・・・
早く日が長くなってほしいなっ!
寒さが苦手な私としては「早く春に」なって欲しいもんね!!


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog
前の10件 | - 今日の出来事 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。