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弾丸東京ツアー [独りごと]

先月から何かと忙しい日々を送っております。
別に誰のせいでもありませんが、なぜかちょくちょく出かける用事があるんです。残念ながらと言うのか、それともおまえはラッキーだと言われる立場なのかそれは解りませんが、東へ、西へ、と忙しく飛び回っています(笑)。
6月中旬ロッククライミングに出かけたときは、熱海まで新幹線で出かけたくせに、今回は東京までバスを利用してのお出かけである。
元々の用事は7月7日の七夕に東京で行われるある行事に参加する事でしたが、天候を心配していた私は東京の知人にコンタクトを取り、午後の用事がキャンセルとなってもいいようにしていました。
ところがです。この行為が自分で自分の首を絞めたとでもいうのか?それとも墓穴を掘ったのか?ともかく東京に8時までに到着する必要性がでてしまった。
元々は朝1番の高速バスで東京へ向かい、最終の高速バスで帰宅するつもりでした。
それなら往復料金で4千円程度で済みます。
そうした事情から出かける予定をたてていたのに、早朝の新幹線を利用するか、夜行バスを利用しない限り間に合わない事となりやむなく「夜行バス」をチョイスする。
当然6日の夜に浜松を出て、7日の早朝に東京へ到着するんです。
しかも今回は予定より20分も早く到着してしまったので1時間半以上も時間をつぶす必要性が出てしまった。
夜行バスを利用した場合、往復でも5千円程度と手軽な料金で利用できるのですが、東京駅の日本橋口に到着してから電車へ乗り換えるまで自力で移動しなければならないのは欠点です。
まあ私は経験者なのでなんとなく方向は解るし、音声誘導のする方角に歩けばなんとかなるだろうと対して不覚考えずに出かけてしまった。しかもである。
帰りは18:40の高速バスを利用するはずが東京で落ち合った人と街中をぶらつき結局日曜日の早朝3:11に浜松駅に到着する「ムーンライトながら」と呼ばれる快速電車を利用する事になってしまい、まるまる1日以上の強行軍となってしまいました。
帰りも夜行バスを利用すれば帰宅に便利なのですが、今回はちょっとした冒険とでもいうのか、新しい移動手段の模索という一面も含めて東京で落ち合った知人と同じ電車で浜松へ戻る方法をとりました。夜行バスの予約もしていませんでしたしね!。
結局当初の予定より1000円以上大きな出費となりましたが、それ以上の収穫がありました。ちなみにここで書いた金額は障害者の割引を利用した場合であり、通常料金ではありません。

午前中に行われる後から加えた用事とは代々木公園をランニングしている集まりがあるのですが、その人たちがどのように集まり、どのように練習しているかを見てみたいと思ったのです。
その集まりに参加するには「原宿駅」の改札に8:30集合に間に合わせる必要があり、8時頃到着する新幹線を利用する方法もありましたが、新幹線の料金もさることながら、浜松駅まで出る手段が早朝だとタクシーを利用するしかなく、かなり大きな出費となります。そこで浜松駅で1時間ほど時間をつぶす必要があるものの、夜行バスを利用しました。早朝5:30には東京駅に到着していたのでゆっくり身長に歩いて改札まで向かい、駅員さんに援助依頼をする事にします。
その時点で原宿行きの電車に乗せられては困ると思い、行き先は告げる物の「食事が出来る場所へ案内して欲しい」とお願いした。
断られたらどうしようかな?とも思ったが、案外簡単に案内してくれた。
店内で適当な物を注文した後ゆっくり時間をつぶす。
7:30近くになったので再び改札を求めてうろつく(笑)。
今回は点字ブロックも解らないし、食事をしたお店から改札までの行き方もよく解らない!親切な店員さんが「案内しましょうか?」とおっしゃってくださるものの事わり、教えて頂いた方角へ歩き出す。時折??状態になるがその都度周囲に折られた方に助けて頂き無事改札まで戻る。正確に言えば別の改札ではあるが。
原宿までの援助依頼をして駅員さんの誘導で山手線乗り場に向かう。
乗車した後は原宿駅で降りれば駅員さんが待機してくれているので待ち合わせの改札へ向かうだけである。
その際、改札の名称がよく解らず再度知人に確認するはめに!結局私の勘違いでした(笑)。
ぼちぼち集まりだした参加者と挨拶をしていたら予定の時間となったので代々木公園へ移動する。皆さん慣れたもので1人で2名のガイヘルなどへっちゃららしく、雑談しながら楽しそうに公園の集合場所へ向かった。
早速準備を整えてウオーキングから始める!
私は走るのは苦手ですが、歩くのは別にたいして気になりませんからまずは「歩く」事としました。偶然ではあるものの以前お会いしたことのある方がパートナーとして付いてくださいました。
おしゃべりをしながら1.7㌔ほどある公園のコースを2週ほど歩いてから今度は軽く走る事にする。
1週が長いと解っているので初めからゆっくり、ゆっくり、ほとんど歩いている人と変わらない程度で走る出す。
1周して少し休憩、さらにもう1週走ってから今度はゆっくり歩く。
その時代々木公園には「タンデム自転車」があると知りレンタルしている場所を探してみた。
幸タンデム自転車があったので借り受けて2周ほど楽しむ!
そうこうしていると10:50近くになったので午後の用事の場所へ移動をする事にした。ちょうどパートナーをすてくださっていた方が用事で帰られるとの事でしたので、原宿駅の改札までガイドをお願いする。
改札からは駅員さんに援助依頼して目的地へ向かう。
途中最低1回は乗り換えの必要があると解っていたので時間に余裕があるものの、単独での行動は見合わせた。人の多い都会ではあまりウロウロしにくいのも援助依頼を素直にした理由の一つです。
到着した駅で今回の目的である人に電話をし、出口を確かめてから駅員さんの誘導をお願いした。ほどなく改札まで迎えに来てくれたので目的の場所へ送って頂きゆっくり話をさせていただいた。
今回はタンデム自転車に詳しい方にお会いして購入時の「アドバイス」をしていただく。以前からお会いして話をしてみたいと思っていた人なので嬉しかったし、本当に参考になりました。
用事を済ませてから浜松から来ていた知人と東京の街中をウロウロする事にした。
帰りの高速バスに乗車するのはキビシイ時間になっていたし、予約もしていないので夜行バス、又はムーンライトながらを利用するか、東京に泊まるしかなかったので、時間は十分?あったからである。というより、いかに23時まで時間をつぶすのかが課題となってしまっていた(笑)。
ムーンライトながらを利用すれば知人と同行できるのでそれも楽しいのだが、ただ一つ心配がある!。その心配とは早朝の3時頃浜松に到着してしまうのでうっかりすれば乗り過ごす可能性が大きいことにある。その点夜行バスは執着ですから安心ですが、予約をしないとなかなか乗車できない点と、電車と違い案内をお願いできる人がいないので地元でない東京ではいささか不安があった。
そうした理由から東京駅を「23:10」発の電車まで5時間ほどどのように過ごそうか?が課題となってしまった(笑)
とりあえず「秋葉原」に行こうと意見がまとまり、まずは西へ!
秋葉原へ昔よく出かけていたとはいえ、すでに15年は前の話ですから当然町の様子は一変していた。まさに「浦島太郎」状態である!。
そんななか「おもしろグッズ」を見たり「新型のパソコン」

を見たり「ワンセグのポータブルテレビ」を見たり、なかなか浜松ではおめにかかれない物を堪能出来た。
目的の物を購入して後は夕食だ!とばかりに知人のお薦め店へ向け、いざ出発!
ところがなかなかお店が見つからない。目標物のコンビニがないとか、通りの名前が違うんじゃないかな?などなかなか目的のお店が見つからなかった。
ようやくたどり着いてみたら「土曜日は日中のみの営業」との張り紙が・・・・う~ん残念!!
私もそれなりに残念でしたが、知人はそうとうショックだったようでしばらく「ぶつぶつ」いってました(笑)おそらく私の好きな物を食べさせたかったのにそれが出来なくて余計無念がこみ上げてきたのでしょう。
別のお店を探すもこれまた辞めたのか?それとも移転したのか、なかったので本来の予定していた食べ物とは違う「博多ラーメン」を食べる事にした。
麺類大好きな私としては大歓迎でしたが、知人はこの時も「なんで?」とつぶやいていました(笑)立て続けにオススメのお店に行けなかったのがよほどショックだったのでしょう。
食事を済ませてから1時間ちょっとの時間を東京駅周辺でつぶすことにした。おみやげを買うのを忘れていた?(実際には荷物になるのが嫌で後回しにしていた)事に気づいてお店を探してもらうが結局購入はできなかった。
諦めて戻ると閉店の準備をしているらしいお菓子屋さんを発見し、チョコレートを購入した。ついでにアップルパイも自分用として買ってきました・
東京駅で乗車したムーンライトながらですが、直ぐに寝入ってしまいあやうく乗り過ごすところでした。フーやばかった!!
浜松駅からタクシーしかない時間帯なので知人が気を遣い送ってくださることになった。おつかれの所本当にありがとうございました。


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ロッククライミング体験記 [スポーツ三昧]

さすらいのロッククライマーによるレポート(いたずらバニー)

梅雨入り宣言がなされたばかりの6月17日(日曜)に「湯河原温泉」まで、日帰りで散歩?に行ってきました。
というのは冗談で、何と視覚障害者の分際で?「ロッククライミング」に初挑戦してきました。!!
このイベントは私の知人がぽろっともらした一言が元で「一緒に行きたい」と懇願をした私を同行させてくれたので、今回生まれて初めて「ロッククライミング」を体験することができました!。
視力をなくす前はバリバリのクライマーでしたから、昔取った何とやらで大して難しいことではない!という状況なら理解はできるかも知れませんが、高所恐怖症である私がロッククライミングを体験したことなどあろうはずがありません!
じゃあなんで今回は、半ば強引に出かけたのか?それは今までやったことのないものを体験してみたい!と強く思うようになったからである。
視力を無くしてから、それまでなにげなく出来ていた事が難しくなったり、まったく出来なくなったりした事がたくさんあります。車の運転、写真撮影、ビデオや映画鑑賞、パソコングラフィック)、など様々な趣味がほとんどなみも出来なくなった。この時の喪失感は今思い出しても胸の奥でうずく物がある。
むろん「歩く」とか「料理する」など日常的にどうしても必要な行為ですらかなり難しくなり、一時はまったく出来なくて困った覚えがある。そんななか、練習をする事で歩くことも、料理もある程度可能となり、少しづつ無くしてしまった物を取り戻し始めた今日この頃です。
そうした状況の変化の中、ようやく「今までチャレンジしていない事を初めてみよう」と考えられるようになった。
だって今まで(見えていたとき)やったことがなければ、見えなくなったから出来なくなったなどと考える必要がないと言うか、見えなくなって初めてトライをしはじめるわけですから、見えていた時の経験はないわけで、妙なコンプレックスは持つ必要がない!
特にロッククライミングなどは高所恐怖症の私としてはトライしてみる気持ちすら以前は持った事がありませんでしたが、今は幸にも眼下に広がる絶景を見ることが出来ないのですから、あまり高いところが苦手などと考える必要はないかな?なんて楽観している。
果たして私の楽観論は功を奏するのでしょうか?(笑)。

梅雨入り宣言した直後なので雨天中止も十分考えられたが、晴れ男?の私のおかげか、それとも同行者が「晴れ女」なのかは不明ですが、ともかく絶好の日和に恵まれました。
」午前9時集合に間に合うように出るには新幹線を使うしかない!
経済的に厳しい状況の私としてはお出かけはバスか、在来線と心に固く誓っているのですが、さすがに集合時間に間に合わないと困るので今回ばかりはリッチな旅行となる。
今回同行する車いす利用者と、改札で待ち合わせる。行きの切符は新幹線を購入したが、帰りは在来線を使う予定なので新幹線の切符は購入しないでおく。
改札に付くとすぐJRの職員さんが気づいてくれたので、待ち合わせしているむねを伝え、援助依頼をしておく。
所画である。乗車時間が迫ってきたので、駅員さんが、ホームまで案内してくださる事になるが、なんと車いすの彼女だけ連れていってしまった!
単独での白杖歩行にてて改札までたどり着いた私を見て、どうやら「弱視」と勘違いされたようでした。う~んこうなると自力で動き回るのは周囲に誤解されるのかな?と少々悲しくなる。
やむなくどこにあるのか解らないエレベーターを求めて「すみません」と声を出しながら駅員さんが向かったであろう方角へ、ゆっくり歩を進める。
すると見かねた乗客の一人が「もうエレベーターの方にいるよ」と声をかけてくださり、手助け
してくださいました。
乗車する前に乗り換え時間が8分とあまり長くないが、待ち合わせをしているのでどうしても予定の電車に乗りタイムねを伝えておく。解答は「できるだけ希望に添うよう伝えておきます」でした。
まっ当然の事だと思うが、もう少し前向きな態度を期待していたのに残念な思いだ。
熱海駅での乗り換えは、念押しが効果をもたらしたのか、スムーズに行われ3分の余裕をもって移動が完了した。目前に乗り換える電車が停車しているのに「ちょっとまって!先方の駅と連絡してます。最悪1本遅い電車になるかも」などと言われてビックリ!!
JR側の言い分では、6分程度で到着してしまう(隣駅な)ので事前の確認ができないと乗車させる訳にはいかないそうです。
まっ確かに乗車位置と、特徴などを伝えておかないと降車するとき駅員さんが援助依頼をしている人を見つけられず困る事になるだろうし、援助依頼をしている私自身降車できなくなる可能性もあり致し方ないだろう。
まあ結果的には無事予定の電車に乗車できたので、待ち合わせ時刻になんとか間に合いました。

湯河原駅の改札にはすでに今回のロッククライミングを指導してくださる方と、同じように体験を希望しておられる人が待機してくれていた。
指導員も、体験者も同行者の友人なのでとてもフレンドリーな挨拶の後、駅前のコンビニ?で食料と飲み物をゲットし、2台のタクシーに分乗して、いざ目的の山へ向かう!!
ワクワク、ドキドキ、と初体験するロッククライミングに胸を躍らせる思いの反面、はたして問い合わせの時「視覚障害者のみなさん楽しんで折られますよ」との言葉通りなのだろうか?高所恐怖症である私は見えないからダイジョウブ?なんて楽観していたが本当にそうなんだろうか?と不安も頭をもたげだしており、非常に複雑で、奇妙な面持ちでした。
ほどなく目的の公園に到着してタクシーを降りると、すでにロッククライミングを楽しんでいる人の声が意外と近くから聞こえてくる。そんな中、気分が高揚してくるのを強く感じながら準備をする。
トイレをすませたり着替えをしていざ目的の岩場へ!
途中で足場の悪い階段を100段以上上るが、階段を上り終えると整備されたハイキングコースみたいな場所に出る。すると、すぐ脇から「もっと右、」とか「気を付けて」などと大きな声が聞こえる。
二人が手をつないで歩くといっぱいの幅しかなく、右は崖ぷち、左は垂直な岩場ってな感じの場所である!
その岩場で盛んにロッククライミングが行われていたのである。
出かける前はもっとキビシイ山道を1時間近く歩くのかな?と想像していた私としては「ガッカリ」と言えるほどのお手軽な岩場でした(笑)。
講習が始まるとまず注意点がなされた。その注意点を効いただけで「ああっ大自然の中にいるんだ!」と思い知らされた面持ちでした。そんな感動もつかのま?すぐに私たち初体験組は四苦八苦することになる。
直ぐに岩に上れるとは思わないが、頭の体操?が必要とは意外でした(笑)
頭の体操とは、ロープ結びの事ですが、今回体験するロッククライミングは、誰でも手軽に、そして安全に楽しめる「トップロープクライミング」と呼ばれる方法で、命綱のロープをしっかり結べないと困るのである。
むろん体験ですから指導員さんが全て行ってくださる事も可能ですし、その方が指導員も安心でしょう。ですが、今後の事を考えると基礎はしっかり覚えておく方がぜったい良いので、時間をじっくり掛けてロープ結びを練習する。
何度も何度も、なんどもナンドモ練習を繰り返す!初めはおぼつかない手つきの私たちもしだいにできるように?なりました。本当かなぁと疑いたくなる読者諸君!大丈夫です。うまくできました。多分?
そして、命綱を結ぶ「ハーネス」と呼ばれるベルトみたいなものを装着したあとまずは地上でロープの安全性を疑似体験してみる。いざ上るときに不安を感じていると困るのでまずは基本的な部分をしっかりレクチャー受ける訳である。
安全性に自信をもった私たちはいよいよ「岩登り」に挑戦となります。
おっとその前にハーネス、ロープ、の他に重要なアイテム「クライムシューズ」がありました。このシューズは
つま先が痛くなるほどきちきちのサイズで、履いていても窮屈館以外は自分の足と錯覚するほどピッタリと足についてきて、わずかな足場で踏ん張るには、うってつけのようだ!はやくこのシューズの威力を体験してみたいものだ!さていよいよ実践です。集合時間からすでに2時間近くが経過しており、12時近いが、昼食の前にそれぞれ1回岩に挑む事にした。トップロープクライミングと呼ばれるだけに命綱をハーネスに結びつけその反対をサポートしてくださる「ビレイヤー」と呼ばれる人がしっかり確保していてくれるので、まず落下の心配はない!。
実際には最初にロープを通す金具を頂上に設置しておき、命綱の一報を岩登りする人のハーネスにしっかり結びつけ、その反対側をビレーヤーが器具を使いしっかり確保しているのである。
私としては最初に挑戦しようか?とも思うが、身軽な人からの挑戦となった。一人、二人と歓声を上げながら賢明に上る!
いよいよ私の順番が近づいてくる!
今回参加した人は私以外女性でしたのでこりゃ負けてはいられないぞ!とさらに緊張が増してきた。
ドキドキ、どきどき、それこそ心臓が口から飛び出さんばかりになるが、いざロープを結わえて安全確認をしていると今度はおかしなほど落ち着いてきてしまった。
まずは手始めに2~3㍍の地点まで上り、そこで結わえてあるロープの安全を体験してみる。
せっかく上ったのに1㍍も降りる練習をしたので、上る高さが増えてしまった(笑)!
最初の挑戦なのでどのようにすればいいのか?全く解らない私は隣を上りながら指示をしてくださる指導員さんに助けられながら壁の半分ぐらいまで上ることに成功した。
壁の高さは13メートル程度あるらしいのですが、7~8㍍ぐらいの地点から少し難しい場所があり、最後の1㍍一寸は初心者には大変な場所らしい!
最初のトライをしてみて今度は1番上までいくぞ!と心に誓う?(それほど大下車じゃないか)(。
お昼時なので順番を待つ間に昼食をすませることにした。2度目の挑戦を始めた参加者は1度目とは違う意味で悪戦苦闘しながら頂上を目指している!笑い声もあるが、指導員からの指示もさかんに行われている。「頑張れ」と声援とも指示ともとれる言葉の数がふえてきたと思ったら最後の難関に挑んでいるところらしく、今まで以上に苦戦しているようだ。
そんななか、私の2度目の挑戦が始まった。
途中までは横にいた指導員さんが手を掛ける位置と、足をかける位置を指示してくれた野で手探りで周囲を探す必要がなく、簡単でしたが、1/3ほど昇った地点から「コツ」を教えてくれる物の手足を持って行く場所の指示は特にしてくださらなくなった。
そうなると当然といえば当然だが、、手をかける場所を探すのは案外難しくないが、足をおく位置を決めるのはなかなか難しい現実に直面してしまう!
途中までは全て指示通りでしたから「操り人形」みたいなものでしたが、今度はそうはいきません!
自分の手で足場を、そして手を置く位置を探さなければならないのである。
まずは手で支えられそうな場所を探し、足をかける場所も手探りで探す。このとき重要なのが、手探りでサガした部分に足を持っていくのですが、足場の位置が解らなくなってしまうので手を添えておいてそこまで足を持ち上げる方法をとる!右手で足場を探しあてると、てをそのまま動かさずに置いておき、足を手のある部分まで持ち上げるのだ。!足がかかったら今度は手でつかめそうな場所を探して体を安定させ、一気に右足の膝をを伸ばす。すると右足を持ち上げた文からだが上絵と持ち上がることになるのだ。
今度は左足もを同じ要領で足場を探しながらゆっくり、確実に上っていく!途中なだらかな場所を過ぎると「オーバーハング」と呼ばれるせりだした部分が迫ってきた。
垂直な壁でもなんとか上れるようにはなれるかも知れませんが、今いる地点より飛び出している岩場を乗り越えるのは至難の業である。
岩の突起部分を越えるのが難しい理由は、
足をかけて一気に体を持ち上げようとしても垂直方向ではなく壁から体が離れる方向に踏み出す必要があり、足の力だけで上るのは難しいからであると感じた。、上に力を入れたくても、旨の当たりからせりだしている岩に邪魔されてしまい、なかなか足に力が入らない!さらに壁から離れるような力が加わるので、
引っ張り挙げる為の腕力もかなり必要となる。
焦るからなのかちょうど手頃な部分に手を添える場所が見つからず、随分と苦労した。
そうとう苦労したものの、指導員さんのサポートでなんとか頂上にたどり着けた私は大満足である。!
そうこうしているうちに時間は経過しておりなんだか雲行きが怪しくなったらしい!日差しがなくなり涼しい風が吹き抜けはじめたのである。幸にも雨粒は落ちてこず私の3度目の挑戦が始まった!
今度は安全のため隣でサポートしてはくれるものの、基本的には自分の力で上ることになる。前回の足場と同じ所を使って1歩踏み出すが、その後は違う部分を上り始めたようで手探りしても手頃な足場がなかなかみつからない!エイヤーとちょっと無茶な行動に出た私だが、なんとか無事成功!175センチある身長を利用してめいっぱい高い位置まで足を伸ばして後は手でバランスを鳥ながら一気に上っていく!次は比較的足場がある。そんな事を繰り返しなだらかな部分に到達した。
だがこの時点ですでに足のつま先が痛くてキビシイ状況になっており、あまり踏ん張る事ができなくなっていた。そんななかいよいよ最後の難関に挑戦だぁ!
先ほどはアシストを受けてなんとかクリアーしたオーバーハングの地点だが、今度は自分の力で上りたいと苦心惨憺するが、つま先は痛いし、慣れない筋肉を使った関係から太ももの筋肉が「プルプル」してきている!そんな条件で果たしてこの難所を乗り越えられるのか?
弱気になる。そんな中周囲の応援にも勇気をいただき特別なアシストを受けることなく、なんとか乗り越える事ができた。
今度は本当に達成感が強くあった。惜しむらくはせっかく岩場を上り周囲の景色を楽しめるはずなのに私には見えない事である!最も景色が見えたら怖くてそんな場所にたどり着くのはムリだから・・・果たして私は幸せなのか?それとも不幸なのか?(爆笑)
頂上での満足感もつかのま今度は降りることになる。これはテクニックと言うより単なる度胸試しみたいな感じである。ゆっくりゆるめられるロープの速度に合わせ後ろ向きに歩く感じて岩場を降りていく!途中バランスを崩す物の無事地上まで降りる事ができました。
今回の挑戦はこれで終了です!時間も大分経過していたし、私の足はけいれんとはいかないまでもかなり疲れていたんですねぇ。
指導員さん、ご一緒してくれた参加者さん本当にありがとうございました。
今度はもっとうまく上れるように少しトレーニングしておこうかな?
ってもう次の事考えてるの?(笑)
そうそう、肝心な岩の感触を述べておきます。
垂直とまでは言いませんが、それでも壁と行って差し支えない急ないわばなのですが、思いの外表面はゴツゴツしていた。へこんでいる場所や突起している部分など私の想像よりはるかに沢山あるんです!
そして岩の手触りは「ザラザラ」と感じました。むろん岩の種類によると思いますが、今回挑戦した場所は思いの外ざらついていたので指先などを痛めないようテーピングをしていました。
本当に大満足のロッククライミング初挑戦となった。

帰りの電車で不思議な事があった。
浜松まで乗り換えの必要のない電車に乗ったはずなのに、静岡駅でなぜかで15分以上も停車するのだ。
しかも不思議なことに、向かいのホームに10分以上も前に発車する電車が待っているのだ!
私は少しでも早く帰りたいので車掌さんにムリをいって乗り換えることにした。だって乗り換えると帰宅できる時間が40分近く変わると思われたんだもん。
朝同様バスの便数が少ないので、わずかな時間の違いが帰宅出来る時間に大きく影響してしまうんです。
浜松駅には到着時の案内をお願いしてあるのですから迷惑をかける事になるとは解っているが、自分自信で駅員に乗り換えた事情を説明すればいいか?と楽観していたんです(笑)このあたり随分とずぶとくなったもんだなぁ!
所画である。浜松駅に到着したらなんと駅員さんが待機してくれていた!正直驚いた。おそらくムリをお願いした車掌さんが静岡駅での停車中に変更の連絡をしてくれたんだろうと思うといささかわがままが過ぎたかな?と反省してしまう。
本当に貴重な体験をさせてくれた1日でした。
見えないからとか、苦手だからとかばかり言っていないでトライしてみることの重要性を改めて実感できる1日でした。
JRの皆さん、ロッククライミングを楽しませてくださった指導員さん、参加者さん、道中お世話してくださった多数の皆様本当にありがとうございました。

可能なら今後もロッククライミングを楽しんでいきたいですね!


随分と久しぶりです。

随分と久しぶりの書き込みです。
ブログを始めた頃に比べて、日常の生活パターンが変わってきていて、時間的な余裕が少なくなったことと、記事として記載するほどの事件?もなくなった事が影響しているのかな?
久しぶりに書き込もうと思ったのは、so-netからブログの改修が行われたとのメールをいただき、確認してみたのが切っ掛けです。
現在so-netではe-メールで記事のアップが出来るのかどうか不明ですが、以前は出来なかったので記事を書いても掲載するのが面倒だっったのも一因である。
ブログを書こうとページを開いても余計なコメントやリンクを一つ一つクリアーしていかないと私には書き込みが出来ないのである。
その為「絶対書きたい」と思えるような事柄がないかぎり、このページへアップすることはなかったのである。
面倒な作業を必要とするのは視覚障害者にとって仕方ない事なのですが、もう少し私たちのように音声によるガイドがないと使えない人への配慮もお願いしたい物です。
音声読み上げソフトをスクリーンリーダーと呼ぶようですが、画面の状態を読み上げてくれたり、マウスを使わなくても操作できるようにするのがこのソフトです。
そんなソフトを使っている視覚障害者でも使いやすいし、一般の人がマウスを操作した時にも使いやすいように配慮されたレイアウトを構築し、誰でも見やすく使いやすいページの作成は十分あり得るとおもうのです。
是非ともこのようなユニバーサルデザインに配慮したホームページの運営を普及させていきたいものだと思います。いや、して欲しいものだ。
現在パソコンを利用できている人はさほど感じないでしょうが、、今より使いやすい方法を採用できれば、今まで尻込みしていた人にもブログやメールなどを書くことができるようになるかな?とも思うのである。
そう思ったのは、先日東京で行われた「サイトワールド」と呼ばれる視覚障害者の用の福祉機器展に出かけたときです。
そこには最新の福祉機器が集められていて、パソコンを利用すれば、視覚障害者としてのハンディを補えるような物がそろっておりました。
さらに、今まで「もう少しこうなれば」などと使いにくさを感じていた部分も改良されたりしていて、より使いやすく、より高度な作業が可能となった物が、数多く出展されていた。
だが、複雑な心境でもある。
それは、視覚障害のない人でも全ての人がパソコンを利用している訳ではないのに、ハンディーを補う為の機器を利用する最低限の条件としてパソコンユーザーである必要があることだ。
パソコンを利用するにも、環境条件が整わなかったり、ハンディーがある(ソフトが非常に高価な事も一因)にも関わらずです。視覚障害者がパソコンを利用するようになれば、色々できるようになるが、反面パソコンを利用できるようにならない限り何も変わらないのだ。これはある種の差別ではないか?無論、ハイテクを使うからこそ可能な事もあるのですが、他にも方法はあるはずである。
ある意味や見解によって「仕方ない事」とも言えると思いますが、決していい傾向とは思えません。
音声の出る携帯電話も発売はされているものの(ドコモの「らくらくホン」のこと)他にはないのですから「目の見えない人が使うならこのくらいでいいだろう?」と言われているような気分です。
財布携帯やクレジット機能が付いていれば視覚障害者が不便を感じる「金銭の受け渡し」がスムーズとなりとても便利なはずです。
ところがこのような機能は最新機種でも音声のでるモデルはなく、結局一番恩恵を受けられると思われている視覚障害者には利用できない状態が続いています。
ユニバーサルデザインとはかけ離れているように思うのは私だけでしょうか?

音声の出る時計がありますが、これを一般の人で存在自体を知らないと言う人が意外と多いのです。存在を知っていても「割高だから」とかの理由で利用したことがない人にプレゼントしたら「こりゃ便利じゃないか、今度お使い物にするよ」と言われた経験があります。音声が出ると困る人ははたしているのでしょうか?
多少割高になる欠点をのぞけば決して無駄な機能だとは思えないのです。
メール機能が無かった頃、耳の不自由な人にとって携帯電話は「無用の長物」に過ぎませんでした。ですが、今ではテレビカメラ機能も含め、無くてはならないアイテムに替わったようです。
音声が出るモデルが発売されたのは決して視覚障害者だけを対象にしていたわけではあないのです。当初は老人に使いやすいように「ガイド機能」として音声を利用していたのですが、視覚障害者にも利用できると話題になり障害者の間で広まったようです。
これと同じようにガイド機能があるだけで、視覚障害者に広まったモデルがあります。
それは、音声ガイド付きのICレコーダーです。
他に同じような機能を採用している物がないので私たちの周りには同じモデルやその後継モデルを利用している人が殆どです。
ちなみにこの商品を発売しているのはサンヨーです。
携帯電話の件ですが、実は昨年KDDIでも音声付きを発売したようですが、結局機能的にドコモに劣るからなのか?それとも一般の人と違い買い換えに消極的な人が多いからかは解りませんが(らくらくホンの利用者は機種変更や買い換えは非常に少ないとのデータがあります)ともかく新機種の発売はされないそうです。
この一件を見ても「お金にならない」とすぐにやめてしまうのは今後日本の社会を考えるといかがな物か?と危惧される。
福祉車両が年間4万台も売れているらしいのですが、私たちにはうらやましい限りなのです。
道路を自動的に走行してくれる車があるなら視覚障害者も自由に外出出来るようになるのになぁと思えるのです。
もっともこの件は今の段階では夢物語であることは間違いありません。
ですが、将来的には必要な機能かと思えます。
すでに65歳以上の人が2割を越えている実情から考えると、今後は自ら車を運転して出歩ける人より、公共機関を使うか、家族や友人に頼らないといけない人も数多くでてくるはずである。
都会に住んでいる人はあまり不自由を感じないと思われますが、郊外に住んでいる人には車がないと買い物は愚か、病院などへもいけない危惧が突きつけられている事を忘れてはいけない。
少々話が大仰になったが、音声が出るだけで視覚障害者に使えるようになるのです。
そしてその副産物として機械の苦手な人や、高齢者でも音声があれば利用がしやすくなるはずです。
ユニバーサルデザインとは別に物の事をさしているのではなく、考え方そのものを指しているんだと知って欲しいと思います。
ほんの少しの改良で(考え方の)今まで扱いが難しいと感じていた人でも使いやすくなる事を是非とも覚えていて欲しいものである。

一つ残念に思うのはMDの買い換えをした際にパソコンを利用して編集などが可能になる機種があると知って、わざわざ高いモデルの購入をしました。
ところがこのパソコンソフト事態スクリーンリーダー(画面を音声で読み上げてくれる物)に対応しておらず、結局利用できませんでした。
その事をメーカーサイドにメールで伝え、改良を求めてみましたが、回答は「改良するつもりはありません(音声に対応させるつもりは)」との回答でした。
本当に残念な事だ!!
メーカーを暴露したい心境だが、不買運動ともとられかねないので控えることにします。


06年4月13日に思うこと [今日の出来事]

今日久しぶりにwithへでかけた。
今週少し遅い春休みで月曜日から水曜日までお休みだった為に久しぶりのお出かけとなった。
現在は白杖を使い一人でwithまで出かけているが、長い休みなどの後はかなり緊張してしまう。
随分と慣れていると思うのだが、1週間も歩いていないとやはり相当緊張するし、恐怖心も顔をのぞかせるのであった・・・

少し前に「ダスキン」の研修生が来ていた話を書いたが今週はパキスタンから来た若い視覚障害者の女性が来ている。
施設そのものがお休みだったので所長が講師をしている学校へ伴って行き話をしてもらったり、県内の施設を見学に出かけたりしていたようです。
今日から2週間ほどの間withで研修をすることになっている。
研修といっても施設の仲間として一緒に楽しむ事が出来るようになることが大切で、withの理念「共に、一緒に」を肌で感じて欲しいのです。
そうすることが帰国してから同じような施設を開所する場合の参考にしてもらいたいとおもうのです。
中途視覚障害者(成人してから視力を失うこと)の場合殆どの人が人生に目的や希望を持つことが出来なくなり、閉じこもり矢最悪の場合も少なからずあるのが現状であることを考えると「気楽に、開放的に慣れる」そんな場所を提供することこそ大切なことであると今の私は考えるのです。
社会全体の厳しい状況を考えると「甘い」などとの批判もありえるかもしれませんが、やはり「失う」事の喪失感はたとえようのないほど、とても大きく、重大な事であることを是非理解していただきたいと思うのです。
その上でいかにして「以前のような気持ちを取り戻すか」が課題だと思うのです。
そして気持ちが上向けば後は努力と周囲の理解によりかなり以前の生活に近い物を取り戻せると信じたいのです。
そんな私の考えは施設に通いはじめてから感じるようになったことであり、そのように感じさせるこの施設は非常に貴重で大切な場所であると断言したい!

話がそれているが、今週から来ている研修生は驚くほどナチュラルな日本語を話すのです。
すでにかなりの研修生とお会いしていますが、そのどの外国人よりもスムーズな発音なのです。時折「解らない?」と声を出すから「ああっやはり日本人では(日本で生まれ育った訳ではない)」と感じる程度である。
話をするのはどの研修生も、驚くほど上手に日本語を操っていますが、発音は「あれっ」と思わせる部分がありそれがネイティブでないと感じさせる部分なのです。
ところが今回こられた女性はその「うん?」との部分が殆ど感じられないのです。
私は視力が殆どないので声で人を判断しているのですが、初めは「付き添いの人がはなしている?」と思ったほどです。でも今回付き添いの人はいないのでそれはありえない事ではありますが・・・
それほどナチュラルな発音なのです。
言葉が旨く話せない理由の大部分は「聞く」にあります。
聴覚障害者がうまく発音できないのはこれが原因で、途中で聴覚を失った人でも発音はおかしくなるようですから、いかに耳から入る音がしゃべる事に影響するかが解ります。
よく日本人は「RとL」の発音が使い分けられないといいますが、結局は聞き取れていないのが原因なのでしょう。
人間の能力のすごい一面として「必要と思われる情報のみピックアップ」する機能があるそうです。その必要な部分以外はすべてカットしてしまうので別の音にきこえてしまうようです。
わかりやすい例としては、ビデオカメラテープ(ICレコーダーでもMDでも同じ)で録音した音を聞くと自分の声が違うとは感じますが、それ以外に「周囲の雑音がうるさい」と感じませんか?
道路を走る車の音が室内にいるのにまるで屋外にいるような騒音に聞こえたり、冷蔵庫やエアコンの音がいやに大きく感じませんか?
それが「不要な情報」としてカットされた部分なのだそうです。
そうして余分な部分をカットし必要な情報だけ取り出して聞き取ることにより、より性格に判断出来るようにするんだそうです。
でもこの時に悪さするのが「聞き慣れない言葉」を不要な物としてフィルターにかけてカットしてしまう事があるのだそうです。
これを防ぐには乳児のうちから英語などを聞かせる方法があるようですが、日本語の聞き分けに悪影響を与える場合もあるようで、必ずしもいいとはいえないらしい・・・まあ詳しいことは解りませんし、この情報が果たして正しいのか責任は持てませんので・・・興味があれば調べてみてください。
要するに母国語以外の音声は「不要」として聞き取りにくいのが当然で、それにより発音が不得手になるのが当たり前なのです。そう考えると「パキスタンの言葉は日本語の発音にごく近い?」のではないだろうか・・・

くだらないおしゃべりはおいといて研修生のいるあいだに少しはパキスタンの事を勉強して自分の見識を広めたいとおもうのであった。


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新しい杖に苦戦中 [白杖歩行奮戦記]

施設に通い始めて早くも1年が経過してしまい、初めて持った杖も随分と痛んできた。
そこで予備の意味も含めて新しい白杖を持つことにしたのです。
昨年の今頃は杖の使い方がよくわからなくて「苦労」していた気がしますが、当時の書き込みを見る限りではそれほど苦労している様子はないようです。
多分なにがなんでも白杖歩行できるようになりたいとの気持ちが強くて、白杖歩行に対する恐怖やマイナス点を上回る気持ちがあったのだろうと思う。
当時は一般的に言われている杖の長さである「身長ー(マイナス)40㎝」とか「脇の下」なの目安に合わせた長さの杖を使っていた。
ところが1年間白杖歩行をして自身を付けたり、もっと早く歩きたいとか、もっといろいろな場所で歩けるようになりたいと考えると「杖の長さを伸ばそう」となったのです。
今回は所長にわがままを言って特注の杖を作って頂きました。
全長を10センチほど長くし、折りたたんだときは逆に4センチほどコンパクトになるようにしていただいた。
特別に注文をを出して作ったものですが、使い勝手を考えるとやはりこのわがままは必要なのかなと思うのです。一般的な白杖ユーザーでは絶対に入手できない特別製を使える私はとても「ラッキー」なのです。
全長は137㎝とかなりの長さ(小学生中学年くらいの身長と同じ長さ)でありながら折りたたむと28㎝弱と、とてもコンパクトになります。
このサイズをほしがるのはやはり携帯性を考えるとどうしても、たたんだときのコンパクトさが必要になるのです。バックに入るサイズとなると30センチ以下が絶対条件ですね!
ところが、つなぎ目が多くなると「がたつき」が大きくなり路面の凹凸を感じにくくなってしまう欠点もあるのです。
でもそれはそれ、白杖を自作できる強みでばっちりなサイズの白杖を作ることができた。(自分で作った訳ではないが)

さて使い心地ですが、意外と・・・
石突きと呼ばれる杖の先端に取り付けてある部分(路面をこするのですり減ったときに好感できるようになっている部分)が新しいと路面のあまり大きくない凹凸に引っかかりうまく杖をすべらせることができないのです。
結構いらいらします。
利点としてはまだエッジがあるので細かな凹凸に敏感に反応してくれるのですが、いままですり減った石突きに慣れてしまっていたので逆に凹凸の違いがわかりにくくなってしまっている。
あすふぁるとの表面はかなり凹凸があるのですが、側溝の部分とのわずかな違いを杖の先端で感じるのは結構微妙な物なので「慣れ」が物をいいます。
ところが使い慣れた杖の長さも違えば石突きの形状も(減っていないだけ)ちがうので微妙な凹凸が解らなくて困ってます。
多分1ヶ月も使えば慣れると(先端が減る)と思うのですが、今の所はかなり苦労しています。
先日雨降が不利そうな日に新しい杖で出かけてしまい何度か危うい目にあった。
1日で2度も道路に迷いだしていたり、交差点を見過ごしてしまったりしてしまった。
雨が降りそうだった事と、強風(春1番)が吹き荒れていて帽子を飛ばされないように押さえる事だけに神経をとられてしまい、肝心の白杖歩行に対する神経を集中させることが出来なかったのです。
これはかなり困った。
通常は結構な交通量がある道路の歩道を歩いているのですが、歩道と車道は同じ高さで造られていて、境目に車の輪留め程度のコンクリートブロックがあるのです。
歩道と同じ高さにある道路なのでブロックを通り越して(所々車の出入りが可能なようにとぎれている)しまうと、道路と歩道の違いを判断することが困難になるのです。
自分は歩道を歩いていると思っているのですから、ガイドとして利用しているブロックが無いともう少し右(車道側)に寄ろうとするのです。
ところがすでに車道を歩いているのですからいくら右によってもブロックはありません。運悪く車がほとんど走行していないのも車道を歩いていると気づくのが遅れた理由の一つです。走行音から車道の位置を感じれますが、走行している車がないのですから当然音から判断をする事は出来なかったわけです。
周囲の音の感じや路面の感触から??となり、この地点で「しまった車道にでてしまったようだ!」と考え始めるのです。
そしてすこしづつ左に向かうのですが、なかななブロックがない!
このときは運悪くちょうどブロックの切れている部分を車道から歩道に向かったようで歩道にはいっているにも関わらず「まだ道路?」と迷い始めるのです。
自分の感覚からすると当然もう歩道脇の田んぼや民家に入り込む地点まで移動してきていると思うのに、その前にあるはずのブロックが見つからないのです。
こんな時には杖の長さが少しでも長いと探ることが出来る範囲が広がりとても便利なのです。
迷子になったときに自力で脱出する最前の方法は「今いる状態を出来るだけキープしながら位置の特定をする」事につきます。
少なくとも自分の向かっている方向は変えてはいけないのです。
迷ったときに足を動かすと「今まで歩いてきた方向」から「全く違う方向」に移動してしまう可能性が大きく、せっかく位置が解っても今度は自分が向かう方向が解らなくなるのです。
初心者の頃はよくこれで迷子になり指導員の方から「足を動かさないでください」と何度も注意されていた。
どうしても今いる位置を知りたくて足を運んでしまうのですが、これがタブーなのです。
みなさんも白杖を持っている人が杖を大きく前後左右に振っている所を見かけたら「どうされました?」とか「お困りですか?」などと是非とも声をかけて頂きたく思います。
本当に困っている時が多いのです。
時にはパニックに鳴っている場合もありえますが、杖を前後左右に必要以上に振り回している場合はまず間違いなく迷子?と考えてくださっていいとおもいます。
ご協力をお願い致します。
 


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久しぶりの書き込みです [今日の出来事]

ここ、ひと月ほどこのブログを書き込んでいなかった。
理由は様々あるが、一つには体調が今一つ思わしくなくてさぼっていました。
体調が思わしくないといってもどこがどうというほどの事はなくて、単に気分的なものでしょう。
トリノオリンピックを夜遅くまで見ていたり、夜更かししたのに早朝から起き出してみたりしていたのが原因かもしれません(自業自得と言うことかな?)
でも、オリンピックが終わり通常の生活に戻ってもなかなかすっきりした気分になれなく困っています。
それが原因なのか解りませんが、ほんの些細なことがらが気になってしまいブログを書く気分になれなかったのです。
その些細な原因の一つがこのブログのシステムにもあります。
これは「so-net」が運営しているブログサイトですから当然余計なコマーシャルなどはなく、音声ソフトに頼って書き込みをする自分には都合がよかったので利用していました。むろんプロバイダー契約があり特別に料金を必要としないこともこのサイトでブログを始めた理由です。
でも欠点もありました。携帯電話からのメールならブログをアップできてもパソコンのメールではアップできないのです。
今では可能になったのかもしれませんが、1年前にこのブログを始めたときso-netに確認した限りではメールによるアップが出来ませんでした。
メールによるアップにこだわるのは、音声読み上げソフトとブログの書き込み画面の「相性」があります。
書き込みの時(キー入力中など)には音声がでますが、一旦確定してしまうと全文読み上げをしない限り、書き込んだ文章を確認できないのです。
そうなると途中の部分を修正したいと思ってもカーソルの位置を読み上げてくれないので修正自体がほとんど不可能となってしまうのです。
そこで考えたやり方は、ワープロソフトを利用して文章を作成し、書き上げた物をコピペする方法です。
ところが最近になりなぜか全文をコピペしようとするとフリーズしてしまうようになり仕方ないので1頁(40行程度)づつコピペするようにしていました。
この作業が意外と面倒なのです。
通常のコピーアンドペーストだとどこの部分までコピーが出来ているのか?がはっきりしなくなるのです。読み上げの癖があり、カーソルのある行を読んでしまうため、範囲指定できていない行までよみあげていて、つい勘違いをしてしまうのです。
仕方ないのでカットアンドペーストをするようにしています。
ところが、時折パソコンがへそを曲げてコピーがうまくいかない事があるのです。
全文をコピペしたようにフリーズしているようなのです。
一旦保存をしてから、カットアンドペーストをしなければせっかく苦労して書き込んだ文章が無くなるおそれがあるのです。
そうすると今度は一旦保存した文章を後で消去しなければならず、かなりの手間がかかります。
そんな面倒やパソコン自体の不調も手伝いなかなか重い腰があがりませんでした。

so-netさんへ改良をお願いしたいのは、メールで文章を送れるととても楽に(ワープロソフトで書くのと同じ利便性で書けて後はそのまま送信すれば終了)ブログのアップが可能となるので、是非とも採用を検討してほしいものです。

以前からよく利用しているボーダルサイトにある「無料のブログ」だと通常の書き込みはコマーシャルや余計な物が多くてとても書き込む気になれないのですが、送られてきたメールに返信するだけで日記としてアップが出来てしまう利点があるのです。
これはとても便利なのです。
でも利点もあれば欠点もあります。
ブログの良さには「トラックバック」などの機能がありますが、マイページがとても複雑(余計な物が多すぎる)なので書き込み以外の機能はほとんど使い物になりません。
以前にもこのブログで書きましたが、音声読み上げソフトを利用すると「常に左上から順番に読み上げられる」のです。
大手企業のホームページなどはコマーシャルやナビボタンが複雑に配列されていて実際に読みたい部分に到達するまでにかなりの時間を有するのです。
これはかなり苦痛なのです。
だからといって聞き流していると、肝心の部分を(冒頭を)聞き逃してしまい、結局もう一度最初から読み上げを開始させなければならないなんて事もザラなのである。
ようするに見て読むのと音声で読み上げるのを聞くのでは「必要な部分をチョイスするのに大きな差がある」のです。
たとえば新聞を読もうとしている人が、見出しなどを隠されていたとすると新聞の読みたいだろうと思われるページを最初から順番に読んでいくしかないでしょ?
スポーツ欄を例にとれば「野球の日本代表準決勝進出絶望的」などと書かれている見出しがないとすると、右上の生地から順番に全て読まないとどこに書かれているか解らないはずです。
その場合サッカーやゴルフや競馬など他の競技が先に記載されていれば「何でもっと見やすくしてないんだ」とぶつぶついいながらも順番に読むしかないはずです。
自分のように音声読み上げのソフトを利用すると全てこれと同じ状況なのです。
見出しに相当する「色が変わっている文字」「ジャンプボタン」などが視覚的には見ることが出来ない以上全てを読み上げていかなければならず、それはかなりの苦痛を伴うのです。
先ほどの例はまだ他の競技でしたが、その余分な部分として「まるまる新聞」とか「まるまるドリンク」などのコマーシャルが書かれていたり、毎ページ毎ページ「○ページスポーツ」「△ページ政治」などの案内が書かれていてそれを毎回毎回読まないと先に進めない(読みたい部分が読めない)のですから・・・
解りにくいとは思いますが、もし「PCトーカー」などの読み上げソフトを持っているひとがいたら一度試してみてください。
「百聞は一見にしかず」ですよ!解りにくい説明を聞くよりよっぽどわかりやすいはずです。

もしこのページを読んで少しでも視覚障害者にも読みやすいように・・・なんて思ってくださった方がおられたら一度参考までに下記のアドレスにアクセスしてみてください
参考になる事が書かれています。
アメディアのアドレス
http://www.amedia.co.jp/it/web/guide.htm

このページは視覚障害者が使うばかりではなく、より使いやすい(インパクトや見やすさとは直結しないかもしれませんが)ホームページ作成の提案がなされています。
昨年の秋に参加したセミナーで知った事柄が記載されていてとても勉強になります。


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お詫び?

先日このブログに投稿があった!
その内容は「誤字」についてでした。
ただ、ここでお断りしておきますが、このブログを書いているのは視覚障害のある私自身(いたずらバニー)本人であることです。
どうやら投稿をしてくださった方は代書?というのか別の人が書いていると思っておられたようですが、紛れもなく本人が書いてます。
ただ音声読み上げソフトを利用しているので入力に時間がかかるし、読み上げの音声の特徴で誤字を見逃す場合も少なくない。
そんな状況を少しでもなくすために面倒ですが、ワープロソフト(音声読み上げソフトにフル対応したソフト)で文章を書いてそれをこのページにコピーする方法をとってます。
以前so-netに対してこの入力画面を回収して欲しい又はメール(パソコン)でアップロードできるようにしてほしいと要望しましたが「難しい」と返事があり残念なことに対応をとってくれていません。
面倒なので本当はメールを書いてそれを送信するだけの他のブログに移転しようか?とも考えましたが、そのページはコマーシャルなどが多くて肝心のブログの確認に到達するまでに時間が掛かりすぎるので今のところは「使いにくい」とぶつぶついいながらso-netを利用しています。
このコメントは直接入力してますが、けっえいしてしまうと全文読みしか出来ないので、修正はほとんど不可能です。
この後も誤字は一杯あると思いますが、なかなか修正は難しいのであしからず。

ワープロ祖歩とを利用して貼り付ける方法をとっているのは後で文章を読み返して修正をしたいからですが、入力した時に漢字じたいの読み上げ(音訓読み)をしっかりチェックしていないと誤字がふえます。
最近の日本語変換ソフト(ATOK)は誤字が少なくてそれを過信していると文字の入力ミスに伴う誤字(性格には誤字でなく単なる入力ミスですが)に築かない場合があります。
それと時折別の日本語変換ソフトが邪魔して?おかしな変換をしはじめるのも悩みです(笑)
今後もこのブログを見捨てずにご購読くださいませ。


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最近変わってきたこと [今日の出来事]

最近変わってきたことがある。
それは私が通う道程でみられることです。
すでに通い始めて1年がすぎたこともあり、周囲も私が視覚障害者であり、
手助けを悲痛用とする場合があることを理解してきてくれているようである。
そう感じる瞬間は「バスが通常とは違う位置に停車」したり、「行き先アナウンスがない」など視力がないことで判断が難しいと思われるような状況になった時には周囲のどなたかが何らかの方法で手助けしてくれるのである。
バスが通常の位置に停車しないと乗車位置が解らなかったりする場合がある。
そんなとき「モタモタ」する場合がある。ところが「腕を引っ張っる」とか「杖を乗車位置に誘導する」などの方法で迷うことなく素早く乗車できるように手助けをしてくれるのである。欲を言えば多少誘導方法に問題があると思えるが、何もしない人より随分と助かるのである。
この場合、本来なら誘導の方法をお知らせしたいのですが、朝のラッシュ時間で乗降客も多く、後から乗車する人の邪魔になるわけにはいかないので今のところレクチャーは控えている。
もう一つの理由としては「バスが発車するまでに時間がない」ことがあげられる。
時間に余裕がないので、お話をしたくてもなかなか出来ない状況なのです。
でも今後何らかの切っ掛けを作って話をして見たいとは思います。ところが個々にも問題がある。乗車待ちの時間に話しかけたくても、はたしてどの人が手助けしてくれているのか?それがわからないので何ともしようがない?
一応感謝している事をこのブログに公開しておくことで感謝の気持ちを表しておきたいと思います。

自宅付近からバスに乗り駅のバスターミナルまで行くのですが、私の利用しているバスは駅のバスターミナルが終点ではなく、そのまま別の方面に向かうのです。
そのため本来なら決められた停留所に停車するのですが、少し早くバスターミナルに到着したりすると正規の位置に停車しない場合がある。
正規の位置に停車しないのは「しない」のではなく「出来ない」場合が多いようです。
停車スペースは16ケあるのですが、それぞれ単独の路線ではなく複数の路線が同じ停車位置を利用するため、定刻時間より早く到着したりすると別のバスが利用していて本来の場所に停車できない場合があるのです。
正規の時間まで別の位置で待機することは可能ですが、降車する人を先におろすのが常識ですから停車していない場所に停車してバスを降りることになる場合も少なくない。
そうするとなぜかしらバスの停車位置が中途半端な場合が多くて降車口を降りてもバスターミナルの降車口がわからないほど離れている場合がある。
そんなとき「今日はいつもと違うから気を付けて」と声をかけてくれる人がいた。
このような超えかけは初めてでしたが、とても助かりました。
バスを降りるとき(私の住んでいる地方のバスは乗車時に整理券を取り、降りるときに運転手脇の運賃箱で精算する方法)運転手さんに「ここは何番のバス停ですか?」と尋ねる。当然運転手さんは教えてくださるが、バスの停車位置がずれているとはおしえてくれない。時々「きをつけて」と声をかけてくれる運転手さんはいるが、そんな運転手さんはしっかり停車位置にバスを止めているので声をかけられなくても問題ない場合が殆どです。
バスの停車位置を運転手に確認するのは「手軽」と「安心」が理由です。
最近は一応点字をならって何とか数字ぐらいは読めるようになったが、実際には急いでいるとなかなか読めないし、バス停の番号のみが記載されている訳ではないので数字を探すまでにてまどってしまったりするのです。
ですから、「困ったときには時間をかけて点字を読む」のですが、通常は聞いて確かめる方法をとってます。早いし確実ですから!

バスの停留所は1路線のみで利用している郊外と、複数で利用している街中がある。
郊外はバスが来ればどこ行きなんて心配はなく(1路線しかないのだから)ただ乗り込めばよい。ところが街中ではそうはいかない。
乗車位置に止まるバスが目的の路線バスである保証はないのである!
そこで停車して乗車口を開いたときに流れる「○○行きです」のアナウンスを確かめてから乗車するのが普通です。
毎日通うとバスの時間を(タイミング)覚えるので今度来たら自分の乗るバスだから・・・と勝手に決めつけている。だが時々違う場合もある。
先にも書いたが停車して乗車位置が開いてからアナウンスが流れそれから初めて「自分が乗るバスだ」と確認するのです。
こんな場合「××行きがきましたよ」と声をかけてくだされば、バスが到着してドアを開ける前に自分の乗るバスかそうでないかの判断が出来るのである。そうすると時間的に余裕があるのでとても助かるのである。
こんな時に声をかけてくれのは「おばさん」が多いようにおもう!
だが実際に乗車する手助けとか停車位置がずれているなどの情報をくれるのはだいたいが若い男性のようである。
もしかして同じ人ばかりなのかな???


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06年2月第2週の珍客? [今日の出来事]

今週もお客様がいろいろこられた。
さらに地元の高校生が実習にきていてにぎやかな1週間となる?はずでしたが・・・風邪引きさんが多くて施設は意外と人数が少ない1週間となった。

実習生は昨年来ていた女の子と同じ高校の生徒なので、少し期待していたが、どうにもおとなしい(猫をかぶってるだけ?)子であまり元気がないのが残念だった。
何度か話しかけたが、質問に対して端的な「○○」と答えるだけで「○○です」とかの言葉づかいも出来ないほどである。自ら話しかけている声もあまり聞かれない。
緊張しているのか?と最初は思うがどうもそれだけではないらしい。
もしくるのが嫌なら「さぼる」事も出来るのに毎日来ていたのだからそれほど嫌ではないのだと思う。ともかく口数が少なく話し声も小さいので何度かいることに気づかずぶつかったり(わざととじゃないよ)蹴飛ばした(文句いってる訳じゃない)りしてしまった。
「ここにいます」とか「あぶない」でもいいから声を出してくれればぶつかったりはしないのですが、声を出してくれないと「いないもの」としてしまうのが視覚障害者ですから・・・このあたりは初日から何度か話していたと思うのですが・・・
簡単な事も実行させることが出来なかったのが残念です。

木曜日は本当の意味で珍客だ!
その珍客とは「健やか食生活・・・」(正確な名称は忘れてしまった)から代表者自身が介助者である奥様と団体職員の若い女性を伴いこられたことだ。
この人は以前今の「農林水産省」に勤めておられた人で、退職する頃視力を失い視覚障害者となったそうです。
そんな人が自分の知識を生かして「視覚障害者の食生活向上に努める」事を目的に活動を開始したそうです。
そんな人が「食」に対するアンケートを持ってやってこられたのだ。
少し前にアンケート用紙は送られてきていたが、本人が直接話をしたいとの意向で東京からわざわざこられたのである。
確かにアンケートは簡単な文章で質問文が書かれているので答える人の性格によっては同じような状況の人でも回答は随分と違ってしまうのだ!
「食育」を知っているか?との質問があったとすると、回答の考え方はいくつかあると思うのです。
ある人は「言葉を知っている」から「ハイ」。
また他の人は「言葉の意味を知っている」から「ハイ」。
別の人は「言葉の意味も効果も知っている」から「ハイ」。
となるなど、さまざまなとらえ方があるとおもう。
言葉を知っているか?と書いた場合は「聞いたことある」と説明を求められると困るがおおよその意味は解る場合もある。そんな事を考えるとアンケートは何も出来ないが、ある程度の効果はあるのですから様々な方面で実施されているのでしょう。
でも質問自体を考えた人が質問の趣旨を説明しながら回答を求めることが出来ればそれは質問者が欲しいと思う回答が得られるのだ。
今回は本人が来られて説明をしながら質問をし、挙手をすることで回答とする方法をとりました。
視覚障害者がアンケートに答えるには点字の出来る人は「点字」またはテープなどの朗読音声しか方法はない。それ以外は家族や周囲の人が読み上げて替わりに記入する方法となるでしょう。
そんな面倒をかけなくても質問者が挙手を求めればそれで問題解決である。
ただこの方法は人数が15~16人程度が限界かもしれませんが・・・

アンケートを採るときの説明で「狂牛病」の話が出てきた。
この話はある意味タブーなのでしょうが、私としてはやはり「背骨が付いたまま」の肉を輸出したのはアメリカに問題があるのであり、それを「過剰反応」などと非難をし、大げさに騒ぎすぎるとするのはいかがな物か?そう思うのだ。
日米の政府が合意した取り決めを反故にしたのはアメリカの手落ちであり、一方的でしかない。それをアメリカ側も非を認めている以上、今後の対策をしないうちに輸入再開は絶対に認めるわけにはいかない!
ただなぜ海外の基準と比べて日本が厳しいのか?それを考えると多少マスコミなどの問題点も否定はできない部分もあることは確かである。
ただし「食の安全」は政府が責任を持って確保するべきでしょう!
その安全策に国民が納得すれば安心してアメリカ産牛肉を購入するのでしょうが・・・
余計な話をしているが、このことについて別に非難をするつもりはない。
海外では30ヶ月未満はほぼ問題なしとしているようですし、日本とは飼育の方法が違うだけに正確な生まれ月を把握するのが難しいのも解る。問題は日本国内で7頭か8頭の病気にかかった牛が見つかっているが、それは「全頭検査」しているからであり、海外のようにサンプルとか病気を疑われる牛だけではこれほどの頭数を発見できなかった事は誰の目にも明らかであることを忘れてはならないでしょう。
そしてその中の1頭はわずか22ヶ月(確かそうだと思ったが)と若い牛が病気になっていた事実も決して忘れてはならないのだ。
この話をしたときに当施設の所長が「水俣病」の話を引き合いに出してみたが、それは極論だとする姿を見て「ああっ官僚とはこんなものか!」とがっかりしたものだ。
今問題になっている「アスベスト」や「構造計算書の偽造」などに対する官僚の考え方を想像できる出来事でした。

話が随分と横道に逸れてしまい本来書きたいこととは違う内容になっているが、本音でもあるし、やはり避けて通れない食事に関する問題点ですから可能な限り正確な情報を公開し、安心できる仕組みを期待したいのは私だけの私見では無いと思うのである。

今回こられた方は食に対して「安全」も必要だがそれ以上の確率で起こりうる問題点を指摘していた。それが「食に対する知識を深める」ことであり「食育」そのものの目的だとの事でした。
昔風に言えば「老人ホーム」ですが、特別養護施設などは食事の栄養バランスやカロリーをしっかり計算して1日のみならず1ヶ月スパンで献立を考え「成人病」になりにくい食事を提供しているようだ。だが「まずい」と感じる人は少なくない!いや多分殆どの人が「うまくない」と感じているのでしょう。
ところがこれが原因で食欲が細くなりそれが元で栄養不足に陥る可能性を指摘する人はいない!それが問題だというのです。
確かにカロリーや塩分などしっかりコントロールしている献立かもしれませんが、ひとそれぞれ食べる量が異るはずですし、そうなれば同じ食事では必要なカロリーやビタミンなどの栄養素を確保出来なくなる可能性はあるのだ。
一番困るのは予定の(食事を提供する側)分量の食事をしない人である。
薄味にすれば確かに塩分を取りすぎて起こる血管の病気になりにくいかもしれませんが、それが原因で適量の食事をしなくなり結果としてビタミンなどが不足してしまうのは本末転倒も甚だしい!
ところが病院の食事にしても同じだがこんな事がまかり通っているのは事実であり、これを引き合いに出されると確かに問題は大きいと感じざる得ない。
狂牛病などは1万分の1以下の可能性をいかにも大層にいっているが、施設に住んでいる人の人数を考えると確かにこちらの問題の方が深刻だと感じてしまう。だからといって狂牛病をどうでも良いこととは思えませんが・・・
そんな話をしていると自分の食生活を不規則で栄養のバランスを全く考えていないものだと痛感してしまった。
正直自分で出来る料理の種類は限られているし、新たな料理を覚える気もあまりない。
それ以上に私自身の問題として「極端な偏食化」なので食べることが出来る食材が本当に少なくそれが食事の幅を狭めているのである。さらに仕事を出来ない(就職先がない)ことで経済的にはかなり厳しい状態にある事も手伝っていて日持ちのする食材や単価の安い物を選んでしまうのも料理の幅を増やせない原因である。
さらに問題なのは自分一人だけしか食べないので「何を食べたいか?」で調理する物を決めてしまうのが現状であり、それが偏った食事につながっているのは否めないのだ!
偏食かは給食などは絶対に食べられないので本当に困るのだが・・・
簡単には直らないしアレルギーの部分もあるので止む追えないかな?


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今週の白杖歩行について [今日の出来事]

今週はどうにも白杖歩行がうまく出来ない 1週間となった。
理由はさまざまですが、やはり「慣れ」が災いしているようです。
正直昨年の今頃は「どうして歩けるんだ?」と自分自身で迷いながらそして恐怖心と戦いながらの白杖歩行でした。正確には練習ですが・・・
そんな1年前からは信じられないほど自信(悪い意味で)をつけてしまい、結果としてミスをするようになったと思われます。
大きなミスではないし、以前と違い同じミスでも自力でリカバー出来るのでそれが余計に悪影響をもたらしているように思える。
よくミスするスーパーの駐車場ですが、やはり今週もうまく歩けない日があった。
だが一番の問題は周囲の音などに惑わされたのか本来の方向に(真っ直ぐとか少し右とか)歩けずに結果的に自分のいる位置を見失うケースが3回もあった!
この場合自分の感覚でそんなに目標の位置からズレてはいないとの自信があるので、注意深く周囲の音を聞いて自分の位置を予測する。
当然この場合は立ち止まったまま足を動かしたりしないで観察をするのである。
すると脇を(車道)走る車の走行音から自分が車道からどの程度離れた位置にいるのかを?を判断したり、交差点が近いと思われる場合は交差点で停車したり、曲がる車の音を聞いておおよその距離を判断するのです。
今の自分は丸1年通い続けた道を歩いているのでこのようなリカバーを落ち着いてできますが、初めてとか(歩行訓練の合格が出てからの話ですが)それに近い状態ではどうなるか自信はない。
まして歩行訓練を全くしていない場所はまだ歩く勇気も自信もありません。
点字ブロックがあると歩行訓練をしていなくても、ある程度歩けますが、その点字ブロックがどこにつながっているのか?また、途中の路面状態は?などを知らないとうまく歩けないのです。
一人で放り出されて何が何でも歩く必要に迫られれば可能かもしれませんが、通常はこのようなケースは周囲の人に助けを求めるように指導されていますのでどうするかは解りません。

実際にはそれほど危うい状態にはならないうちに自分が危険な状態にある事を判断できているのでそれほど大きなミスとは言えないのかもしれませんが、それでも今後今以上に慣れが災いしないか?それが心配です。


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バザーのお知らせ [イベント紹介]

    ーー授産所ウイズ チャリティー・バザーのお知らせ&お願いーー

毎年恒例となっております、WITHチャリティー・バザーが下記日時の予定にて催されることとなりました。
日頃授産所ウイズを様々な形にてご支援してくださっておられる皆様に、是非ともご協力頂きたく思いお知らせいたします。

開催日時 平成18年3月12日 (小雨決行)
午前10:00~午後2:00まで
開催場所 主婦の店新鮮館 「有玉店前」

出品予定商品
日用品、タオル食器玩具、鞄、衣類、花、など多数用意してお待ちしております。
みなさまお誘い合わせの上、ご来場くださいませ。

お問い合わせ先
浜松市半田町104-3 「授産所WITH(ウイズ)」
電話 053-435-5225
FAX 053-435-5955

チャリティー・バザーへの出品商品をご寄付お願いいたします。
ご家庭で眠っている不要品などを是非ともご寄付くださいませ!
ご連絡いただければこちらから取りに伺わせて頂きます。
尚誠に勝手ながら、ご寄付頂く衣類に関しては、申し訳ありませんが【新品】に限らせて頂きます。


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販売店に一言 [独りごと]

先日施設長を訪ねてデパート総務部の方が来られた。
こられた理由は「町作り検討委員会」なる団体に障害を持ったお客様への対応とその指導を出来る人を訪ねたところ当施設の所長が指名された走である。
所長は結構有名人で各方面で講演や講師をしているのでこのような話は珍しいことではないが、今回は少し驚いた。
それは街中に出かける人が減ってしまい中心市街地の地盤沈下(売り上げ)が本当に深刻でかなりの店舗が閉鎖されている。そんな状況も手伝っているのでしょうが、デパートの総務部から障害者への接し方のレクチャーを依頼されるとは想像できなかった。
売り上げが落ちたりすると人員を減らしたり、効率を上げるために一人の仕事量を増やしたりするのが普通ですよね?
そうなると当然の事ながら手間の掛かるお客さんは敬遠したくなるものですよね?
視覚障害者が説明を求めればカタログやポップに書かれている事を全て口頭で説明しなくてはならないし、形など物によってはさわれない物もあるのでそのような場合は口頭で説明しなくてはならない。そうなると本当に手間がかかるはずである。
車いすを利用する方が相手なら狭い通路が通れなく場合によっては商品を手に持ち店員自身が言ったり来たりする必要性がでてくるかもしれません。
また服を試着するなんてことになればそれこそ「大変」です。
また耳の不自由な人を相手にすると何が聞きたいのか?それすら解らない場合もありえるのです。もっと困るのはそれらの障害を重複して持っている人や、精神や知的に障害がある場合です。
このような人が全て介助者と一緒に買い物に出かけるか?そんなことはありません。
また介護者がいても口を挟める立場ではない場合も少なからずあるのでそのような場合は店舗側の対応に依存しなければ障害者は満足に買い物が出来ないこともあり得るのです。
実際自分自身冬物衣料を購入しようとして満足行く対応をしてもらえずあきらめた経験をつい最近したばかりです。
話が随分と逸れているが、売り上げが厳しいと手間を惜しむ?傾向が強くなるし、繁忙期になると他のお客さんに手をとられていてとても手間の掛かる私などに時間を割けないとなるのが普通じゃないでしょうか?
かつて自分自身が販売業をしていましたからそんな気持ち(店員の)が想像できるのです。どうしても手間の掛かる事をしたくない気持ちと、困っている人(別に障害者とは限らず子供やお年寄りも同じ)を見ると何とか手助けしたいと思う気持ちもなかったわけではない。一番のネックは時間や気持ちにゆとりがあるか?である。
でももう一つ見落とせない事に「どう対応したらいいのか解らない」そんな理由も十分考えられる。
自分が販売業をしていた時は言い訳をしていましたが、本音はどう対応したらいいのか?それが問題だし心配なんですね!そんな不安な気持ちがあるとなかなか障害者などには声をかけられなくなってしまうものです。

さまざまな事情はあるのでしょうがやはり百貨店とはブランドでありサービスを売る(商品は他の店でもっと手頃な値段で手に入る)ものだと思うのです。
高級ホテルや高級旅館になぜあんなに高額の宿泊費を払っても泊まりたいのか?それは心からのサービスを期待しそして満足出来るからじゃないでしょうか?
販売店の王様である百貨店が満足行く接客が出来なければ単に「高いだけの店」で終わってしまいます。
今まではより多くの人にとは考えていたのでしょうが、なかなか障害者へどう接すればよいのかを知識としては持っていなかった事に気づきそれを改善する事になったのでしょう。
以前別のページに書いたのですが、バリアフリーとかユニバーサルデザインと書くと障害者やお年寄りをイメージすると思うけど、一般の人にも絶対使いやすくなると思うのです。
極論ですが、駐車スペースにすべて車いす用の幅を確保していれば駐車は相当楽になるでしょうし、階段をスロープにすればカートで移動できるので赤ちゃんを連れてお買い物をしたり、お年寄りなど力の弱い人でも大量な買い物をしても大丈夫になるんじゃないでしょうか?街中の歩道は以前と違い交差点付近ではかなり段差が少なく普通にあるいていても歩きやすくなったはずです。確かに駐車スペースを大きくすると駐車できる台数が減ってしまうなどの弊害がでるように必ずしも良いことばかりでないのは理解できますし、全てを帰る必要はないとは思います。
障害者が全体でしめる比率がそれほど高くないのですからある程度譲歩?してくださるだけで十分対応できるのです。でも少ないから「隅っこ」ではなくより使いやすいように真ん中とか出来るだけ簡単に移動できる用に譲歩してくださる事が寛容ではありますが・・・

愚痴がでてますが、本音は「よくぞいらしてくださいました」です。
今後も私たちがお役にたてるなら何でも強力させて頂きます。実験台でも何でも出来ることならいたしますから是非とも継続的な研修や見直しをお願いしたい物です。
現在の担当者が移動したら「無駄なこと」と切り捨てたりされないことを希望します。


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通所1年を迎えて! [白杖歩行奮戦記]

白杖歩行を初めて、はや1年が過ぎようとしている。
この1年を振り返って果たして自分はどの程度視覚障害に対して対応を出来るようになったのか?簡単に検証してみたい。
昨年の2月1日から授産所施設に通い始めたのですから本日で丸1年を経過したこととなるのでその記念?企画。
昨年の初めから白杖の使い方を練習し始めていて、当日も自分一人の力で駅のバスターミナルまで出かけられるように訓練をしていた。
寒い寒い真冬の白杖訓練はかなりつらかったが杖の使い方自体に気を取られていて寒さよりも「歩けるか?」ばかりが気になっていたように思える。
もちろん当時はそんな風には考えられなくて「なにもこんな寒いときにやらなくても」なんて考えていたような記憶があるにはありますが・・・
それでもやはり寒さより杖の使い方に気を取られていて実際ほどは寒さを感じていなかったようにも思います。

通所初日は正直「朝起きられるのか?」が一番の心配でした。なにせ以前の仕事がサービス業だったこともあり8時過ぎに起きれば十分だったうえに、仕事ができなくなってから3年ほど堕落した(昼過ぎまで寝ている)生活を続けていましたから6時過ぎに起きるのは少々どころかかなりムリがあった。
頼りは?目覚ましアラームだけなので本当に起きられるのか?そんな不安が一番でした。おかげで?果たして一人でバスに乗り出かけられるか?なんて緊張を上回っていたように記憶している。馬鹿げた話ではあるが、結果的には緊張が別の方向にそれていて助かったのかもしれませんね。
バスに一人で乗るのはこのときが初めてじゃなかったかな?一応歩行訓練士と乗車練習はしていましたがそれでも全くの単独ではないのですから・・・
停留所でバスが来るのを待つうちに緊張してきた。
思ったよりもスムーズに乗れたのか?それとも緊張でよく覚えていないのか?初乗車の印象はあまりないようだ。
バスが駅に着いたらまず歩行訓練士に携帯で付いたことを知らせる。
携帯で知らせるのはバスターミナルの形状が円周状と特殊でありそのどの位置に停車するのか?付いてみないと解らなず、降りた地点から「○番につきましたと知らせないといつまでたっても待ちぼうけ状態になってしまうからなのです。
バス停に到着してから乗り換えのバスが発車するまでおおよそ20分もあるのでこの時間を利用してバスターミナルでの乗り換え方法のレクチャーや駅周辺ガイドそしてあまり慣れていない階段の練習をした記憶があります。
バスの乗り換えのために歩行訓練士が駅まで来てくれたのは数回だと思うのでその間に随分といろいろな事をやったものだと今更ながら感心する。今ですら短時間にこれほどやらされたらパニックとは言わないまでも嫌気がさして来ると思うほどです。
多分当時は「何が何でも出来るようになりたい」との気持ちと、「こんな事もできないのか?」なんて思われなたくなくて必死にがんばっていたのかな?妙にプライドがたかいのかしらん?
乗り換えの時間を有効に使いバスが発車する前に何とか滑り込みで乗り込むが、「じゃあ行ってきてください」なんて言われてしまい「えっ」と絶句した覚えがあります。
これは本当に困った!!
だって一度も乗ったことのない路線のバスに一人で放り出されたんですから心細いのも理解頂けるでしょうか?心境としては「初めてのお使い」状態なんですよ!
歩行訓練士はバスに乗り込むこの瞬間まで「一人でいってね」なんておくびにも出さないでいたので、私は当然同じバスに乗り込みバスを降りた地点から「歩行訓練開始」と信じて疑わないでいたのです。
そう思っていればこそ「家からバスに乗りさえすれば後は大丈夫」なんて安心してそんな心のゆとりがあればこそ駅まで一人で出かけてこれたのですから・・・本当青天の霹靂とはこのことなんだ!
初めての路線バスに乗るのに不安があるのは途中のバス停名称をしらないので停留所の名前でバスの進行状況を知ることが出来ないのである。
そうなるといったい後どのぐらいあるのか?などが想像できないので最初から最後まで(降りるまで)緊張しっぱなしなんです。おかげで眠気が襲ってくることもなくうっかり乗り過ごすこともなく目的のバス停で無事降りることが出来ました。
こんな時の気持ちなどはもうすっかり忘れてしまっていますが、当時の状況は覚えているのでそんな心境だったんだろうな?そう想像できます。
不安をあおったのは歩行訓練士が乗車時に言った一言が原因でした。
「○○△停留所で降りてください。でも○○の地名が入った停留所は複数あるから気を付けて」なんていっていたことだけは鮮明に覚えています。
自分一人で初めての路線に乗るだけでも不安なのに、バス停の名称しか解らないのは本当に不安だ。しかも似た名前のバス停が複数あるなんて聞くと不安ばかりが増してきてしまい「逃げ出したい」心境だったのかな?少なくともそうとう心細く思っていたのは確かです。自分一人で歩き回れるのでしたらそれほど心細くはないと思うのですが、降りるバス停を間違えたら歩行訓練士と会うことが出来なくて当然迷子になってしまうんですからそりゃもう本当に心細くて心細くてこんなに気弱な状態は幼い頃以来じゃないかな?初めて一人でのお留守番したときに時間がなかなか過ぎなくて暗くなっても帰ってこない母を待つそんな心境だったと思います。
当時からブログを始めていて(半月後)自分の気持ちを書きつづっておこうと思いましたが、実際にはかなり見栄とか虚勢が合ったんじゃないかな?今のように自然体ではいられない心理状態であったのは確かです。また自然体でいたのではとても白杖歩行をして単独で施設に出かけようなんて絶対に思えなかったはずですから・・・
今でも単独の白杖歩行はかなり緊張します。特に車の走行音が静かになってきていることもあり車に対する警戒感はかなりのものである。
自分が怪我をするだけならまあ自業自得ですむかもしれませんが、相手のあることで場合によってはドライバーが立ち直れなくなるかもしれませんから白杖歩行をする私自身の責任もかなり大きいと思うのである。自分自身ほんの数年前まで車を運転していた事実からドライバーの立場や心境は理解できるつもりですから。

通所初日はバスターミナルの訓練が主目的でしたからバスを降りてから施設までの行程を歩くことはありませんでした。(多分)
停留所付近の説明と信号機の横断方法を(自分の立つ位置などのこと)説明していただきこのあたりだけ実際に練習をし車で施設に送ってもらった。
歩行訓練士の方が駅のバスターミナルで指導をしてくださった後、私をバスに乗せ、指導員は車で先回りをして私の到着を待っていてくださったわけです。
そんな面倒な事を数日行っていただき何とか一人で施設最寄りのバス停まで一人で行けるようになった。
その後は毎日毎日少しずつ白杖で歩く距離を伸ばしていく!
このブログを読んだ事のある方はご存じかもしれませんが、白杖歩行はある意味「路面電車」的な部分があるのです。自由度はありませんがレールに沿って歩けばルートを外れることなく目的地まで歩けるのである。
逆に軌道を外れてしまうとどこを歩いているのかすら解らなくなるし、方向もそれてしまい迷子は確実?となる。そんな訳ですから丁寧に丁寧に細心の注意を払いながら路面や側面(塀や側溝などのこと)にある段差やギャップをたどって行くこととする。
常に歩道のある道を歩く事が出来るなら、わりと簡単なのですが、実際には道路が交差する地点では側溝の蓋はなくなったり、建物の前は塀が一部とぎれているのが普通です、するとどの地点まではここの段差をたどって歩いて、次からはブロック塀を伝って、塀が無くなったら反対側(歩道の)に移動して側溝の蓋を探してなんて事細かな指示がでてくる。それを覚え杖や足の裏で感じる感覚だけで歩かなくてはならないのですからいっぺんに長い距離はとてもムリなのです。
自分自身3ヶ月以内に一人で歩けるようになりたいなとは考えていましたが、正直歩き始めたときは「半年はかかるかな?」と弱気になった覚えがある。
それでも絶対早く覚えてやるんだ!とかもっと短時間(歩く時間を縮める)で歩いてやるんだ!なんて勢い込んでいたのも事実である。
このようにハイテンションで自分を追い込んでいないととても白杖歩行は出来なかったんじゃないかな?そう今では思うので周囲の人は(特に歩行訓練士)焦りすぎと感じていたかもしれませんがモチベーションの観点からは必要だったと今でも思います。
まあおかげさまで大した事故もなく無事に通所出来ているのですから「良し」としましょう!!

今後はどうなるか?それは神のみぞ知る???


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白杖歩行のその後 [今日の出来事]

このブログは白杖歩行を始めた私の上達具合?とその心境の変化を記したくてはじめたのに、最近は白杖歩行の事はまったく振れていないきがする。
そこでもうじき1周年を迎えることを記念?してこの1年間を振り返ってみることとした。
昨年の今頃はまだ白杖の使い方をレクチャーしていただいている状態で本日のようにある程度自由に行動できる日が来るとは想像もできなかったように思う。

ちなみに昨日は自己採点による白杖歩行は85点ぐらいかな?
スピードも確実にルートを歩く事も問題ないが、ちょっと左右にブレていて堤防をスムーズに歩けたとは言い難いのがマイナスポイントであった。
このブログを始めてからずっと点数を書いていたが意外と自分の中では満足できる点数を得られない。しかしその代わり極端に低い点数もない。
ところが今週帰り道でいつも苦労しているスーパーの駐車場でルートを見失いあやうく迷子?になるところでした。
でもこの日の自己採点は88点と逆に高く付けている。
その理由は「パニックにならなかった」事を評価しているのである。
白杖歩行をする為に絶対に必要な条件として、自分のいる位置とこの先進むべく方向を確実に見極めることが絶対必要なのですが、それを見失うとどうしても焦ったり、余計な探り?をしたりして逆に自分のいる位置を解らなくしてしまう場合が多かった。
過去にそれで随分と困ったり危うい状態になった覚えがあるのです。
やはりなかなか冷静ではいられないのが「迷っている」と感じた状態に追い込まれた時である。そんなときは恐怖心がわいてきてしまい、どうしても冷静ではいられなくなるのである。
そんな経験を1年間かかって何とか克服?してきたのか先日はパニックにならずにすんだのである。
これは本当に評価したい!
ドライブに出かけて迷ったがカーナビも無ければ霧や暗闇で自分の位置が全く解らない状態になるとどうしますか?
Uターンしたり山勘で進路を決めると思うが、それはそれで迷子の状態から脱出する方法として必要な事でしょう。
ところが自分たちは「Uターンは絶対にしない!」が常識なのである。
理由は簡単で180度向き直るのが難しい!!ことにある。
どういう意味か?それは真後ろを向くには90度を2回曲がるのと同じですが、その誤差はそのたびに大きくなる。すでに方向性が怪しい状態でさらに方向をあやふやにするのは迷子の状態をひどくする可能性があるからである。
そうなるともう一つの方法の「山勘」が頼りである。
ともかく自分が現状でこの方向だと感じている向きに向かいゆっくりと歩を進め、杖は通常より幅を広く振りながら進むのがベターだと思われる。
通常のルートを右に30センチ外れていてそのまま右寄りに進んだりすると道路や歩道脇の側溝や田んぼなどにつっこんだりしないとも限らない。
そんな状態で覚悟を決めて歩を進めるのはかなり勇気と経験が必要なのである。
どうしてもこんな時先に書いたとおり余計な行動を初めてしまい、かえって悪い状態に落ち込む可能性があるのである。
白杖歩行をしていて迷子になる可能性がある場所はルート全体でみてもほんのわずかな距離しかないように考えて白杖歩行のルートを設定している。
それは一旦迷っても、自分でルートの回復をする事が不可能では白杖歩行自体が成り立たなくなる可能性が大きいので、出来るだけわかりやすい(杖の感触や足の裏で感じる)ルートを利用するのである。そのため他のバス停や違う路線の方が距離的に近いものがあっても歩きやすさと安全性を配慮してルートを決めている。
ルート自体の設定は白杖歩行を指導してくれる訓練士が選んでくれるのですが、実際に白杖歩行の指導ををしてみて「あっこれは難しいな」と感じると別の方法を見つけ出したりして歩きやすいルートを選ぶのです。
ともかく白杖が視覚の替わり(触覚)ですから杖で状況を判断できるルートを選ぶ!

少し説明が回りくどくなってしまったがそうやってルートを設定しても「この部分はちょっと難しい」なんて箇所はルートの所々に出てきてしまいますが、その一つ一つの距離は30㍍以下の短い距離になるようにしているのである。
そしてその先はかなりはっきりした目印で自分の位置を確かめることが出来るようになっている場合が多く今回迷子になった地点も「あれっ」と感じた地点からおそらく10㍍~15㍍程度先には確実に位置を確かめられる地点があるはずなのである。
こう覚悟を決めてゆっくりそして杖の幅を通常よりかなり広く振って歩き出す。
一歩また一歩と慎重に足を運ぶと車の音からしてそれほど極端にずれているとは思えないと確信できた。
そうなると後はランドマークを見つけるだけである!
一応安心はしても慎重に足を運ぶ!するとほどなく目印があった。
私の予想よりかなりルートに近い地点を歩いていたのである。もし杖をあと10センチ左に振っていたらもとのルートに問題なく戻れたはずである。
それでもそんなことをしなかったのはより悪い状態には陥りたく無かったからであり、パニックでミスをする可能性を無くしたかったからである。
左に杖を大きく振るとどうしてもルートが左に寄ってしまい、元々左にずれていたとしたら余計にルートから外れる方向に歩くことになるのでそれを避けたかったのである。
この事実から1年での私の成長?はかなりのものであると自画自賛している!!
安全にそして素早く歩くことは大切であるが、それ以上に万が一ルートを見失ったときにどう対処するか?それが一番の問題ですからそれを実践出来るようになったのが一番の成長だと思うのである。
今後はさらにルートを的確にトレースする技術を高めながら万が一の対応をより確実にしたいと改めて思う出来事であった。


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仕事そっちのけ?の餅つきでした [今日の出来事]

本日は今年一番の寒さだ。とは言っても自分が出かける日の中の話ではあるが・・・
寒さにうちふるえながらの通所となる。
そして本日は屋外での餅つきなのだ!なんて付いているんだろう(グスン)
もちろん仕事をホッポッての作業となる。
まあこれも仕事の一環ではあるのですが、やはリクレーションの要素がでどうしても「遊んでる?」ような気持ちになる。
今日の餅つきは自分たち施設の人間だけでなく近くの小学生がやってくる。
昨秋の稲刈りに参加していた小学生が24人と付き添いの先生が来られるのである。
子供達は授業の一環として参加するのですから時間的に10:00~12:00の間に全ての作業を終了しなければならない。
朝からミィーティングの時間を削ってまでも餅つきの準備を始めている職員の方と対照的に寒い寒いとのんびりとストーブガンガン効いている室内にいる自分とでは随分と差がある物である。
子供達が予定通り来たのですが、まだ肝心の餅米が蒸けていなくて場つなぎとして、お餅の付き方?を詳しい利用者がレクチャーし始める。
意外だったのは子供達の中に臼で餅をついた経験があったり、見たことがある子供が多いことだ。自分の世代でも機械での餅つきが主流になってきていたのに今の子供(小学生)が臼での餅つきの経験があるとは本当かな?と勘ぐりたくなるほどである。
臼での餅つきではなく機械での餅つきじゃないの?と聞き返したくなる。
結局本当のところは闇(聞いてない)ですが・・・

餅つきが出来るとお声が掛かったので子供達が屋外に飛び出していく!
私たちも後に続くが子供達が終わらなければ自分たちの出番はないのが解っているのですから「ゆっくり」いやいや「まだいいじゃん」となかなか屋外に出たがらない私である。
さて寒い寒い屋外にジャンパーをしっかり既婚ででるが、やはり寒い!!
子供達は興味津々なのか元気である。信じられない気持ちですが、自分が子供の時にはそんなものだったのかな?なんて観賞にふけっていました。
子供達の餅つきは「経験あり」なんて言っていたようですが、やはり・・・
とても経験者とは思えないほどのつたない手つきのようだ。
まあ自分では見て確認できないのですから周囲の声や音での判断ではありますが。
杵は木製ですから石製の臼を叩くと杵がつぶれたり木の屑がお餅についてしまうので確実にお餅をつかなければならないのですが、やはり子供ですから力も弱く杵を持ち上げるので精一杯の様子。介助やくで所長などがついてサポートしてようやく杵を振り下ろすなんて状態のようだ。
20回ぐらい数えながら子供達が交代していくが、順番待ちの時は早くやりたいみたいでも実際始めると「まだやるの?」みたいな感じでした。
意外と力がいるし旨くできないなと思うのかな?
本日のノルマ?は8臼である。
子供達が2班に分かれて2臼分(臼が2つある)つきあげると早速お食事タイムとなる。もちろん子供達だけですが・・・
子供達がつきたてのお餅を楽しんでいるとき私たちは寒い寒い屋外で餅つきにいそしんでおりました。
ノルマがあるのですから・・・

先ほどと違い今度は大人ですが視力が弱い子か見えない(私も含め)人が餅つきですから別の意味で大変である。
杵を重たいとは思いませんが、臼の真ん中(餅のある位置)がよくわからないのですから誤って臼をついてしまうのでは?そんな不安があるのです。
視覚障害者のサポートにまたまた所長などが付いて杵をふることになるが、所長は片手でずっと子供達の手伝いをしていたらしく「腕が痛い」となげいていました。
それでもやはり一人では不安ですから所長がガンバル?
一人また一人と交代しながらお餅をつくが意外と?へたでなかなか仕上がらない。
本日の寒さでは早くつかないとせっかく蒸かしたお米が冷えてしまい旨いお餅にならないのに・・・そう思っていたら「次ね」と指名をうける。
私自身は中学生の頃から餅つきをしていた経験がある。
その前は杵担当ではなく手返し担当でした。
小学生のころはまだ杵がうまく振れないので母が杵を持ち私が手返しの役割でした。
中学生の頃から母とポジションチェンジしてお餅をつく(杵担当)になりました。
その後随分とお餅をついた経験がありますから要領はわかっている!
だが心配もある。
それはさきほども書いたが臼をついてしまうのではないか?とのふあんである。
当然というのか見て確認できないのですから調整など出来ないのである。
まず杵を臼の中心におろして自分の足の置く位置を決める。
そしておもむろに杵を振り上げて「どすん」と振り下ろす。
結果は○でした。
その後も何とか臼を叩くことなくお餅に仕上げることが出来た。パチパチパチ
意外なほどうまかったのか?それとも楽したいのか?「次もよろしく」なんて職員に言われてしまい調子に乗るがいかんせん体がなまっていて腕がだるくて巧く杵が振れなくなってきた。
本日の朝腰に痛みを感じていたこともあり適度に逃げ出す?

私たちが寒い中がんばっていたのに子供達は暖かな室内でお食事タイムでしたが、そろそろそれも終わり!
再び子供達に(今度はつきたい子だけ)杵を預けて自分たちは休み?に入る。
子供達は本当に元気でもう一回もう一回なんて積極的な子供もいれば、もう十分らしく他の子達と話をしているグループもある。
おもしろいので話をしている子供に「何食べた?」と聞いてみるが「お餅」とみんな答えるんですね!
確かに間違ってはいないですが、私にもお餅を食べていたのは解っているのですからどんな味のお餅?と聞いたつもりなのに「お餅」とのこたえとは・・・
重ねてどんなお餅食べたの?と聞くと「きなこ」「大根」「あんこ」と答えてくれた。他の何人かの子も同じ答えだったところを見ると1皿に何種類かのお餅をのせて配ったんだろうなと想像できた。
子供達の満足そうな声が聞けてとてもうれしかった。

お餅も予定の数無事つきあがったので私たちも室内に戻ることにする。
当然ですが、室内はストーブがガンガンたかれていてとても暖かいので冷え切った体には「天国」と思えるほどでした。
部屋に戻り手を洗って準備万端?さあっ食べるぞ!
「からみ(大根)」「きなこ」「あんこ」と次々と胃の中に消えていく!!
私は個人的にはつきたては「からみ」にかぎると思うのです。
大根おろしに醤油をたらしその中を一口サイズにちぎったお餅を転がしパクリと口に含む!つきたてだからこそ味わえる至福の味だとおもうのです。
当然?私は「からみ」のお変わりを要求する!!
きなこやあんこは後日(ある程度堅くなってからでも)でも十分楽しめると思うのですが、やはり「からみ」はつきたての感触を味わうのは不可能ですから・・・
ああっ満腹、満腹なんておもっていたら「磯辺焼き」が登場した。
迷わずに手を出して食べる。
さらにもう一つ!さすがにこれは自ら食べようとしたのではなく焼けたけど他に食べられる人いないから・・・じゃあ食べますみたいな感じでした。
お餅だけでなく女性職員の方が作ってくれた芋煮汁(みそ)も一緒に食べているので本当に満腹状態である。
本来ならこれに「ぜんざい」が出るはず?だがさすがにもう食べられない状態で3時にする?なんて話しもでたが、結局後日となる。

お餅をつくのは2つの臼で人数もたくさんいたが、その後の処分?は人数と場所が限られているのでけっこう時間がかかった。
施設内の至る所にお餅が置いてあるので視覚障害者がウロウロすると・・・絶対まずいぞ!
そこで午後の作業開始時間になってから「散歩に行ってきて」と追い出しをはかる?
とっても寒いのですから「ずるい私は」ガンとして動きませんでしたが、若い人はしっかり散歩に出かけていきました。
いつもの作業台に新聞紙などをひいてお餅をカットしている様子である。
8臼分のかなりは伸し餅になっているのですからそれをカットするのはなかなか大変である。もう少し時間が経過して堅くなると包丁も入りやすいでしょうが、まだまだ柔らかくてまともには着れない状態なのでしょう。
全てのお餅をカットしてそれぞれのおみやげに袋詰めしてようやく作業終了!!
職員の方ご苦労様でした。
さらにお手伝いに見えた家族の方やボランティアの方も本当にご苦労さまでした。
お疲れ様!
それではさようなら・・・
まだ作業時間があるんだけどなぁ・・・
やはり帰してはくれませんでした。
ほんの少し1時間程度の作業をして本日は終了!
でも私はまだかえれない。
今日は木曜日そうです。点字の勉強である。
昨年末から数字の勉強になっていたが本日で一応数字の部分は終了
次回からは記号、それが終わるとアルファベット、最後に小説などを読んで一応終了となる予定ですが、なんとか夏頃をめどに終りたいものである。


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06年仕事始めの1日 [今日の出来事]

本日は2006年1月10日である!だが本日が仕事始めでした。
えっ今日が仕事始め?なんて驚かないでくださいねっ。

おかげさまで?年初来からの異常とも思われた寒波ですが、本日はかなり緩くなっており風も弱く非常に穏やかな1日であった。まるで私の出勤を喜んでいる?かのような陽気である。ジョークはともかく本当に昨日までの寒さはどこ行った?と感じるほどの穏やかな1日でした。だがやはり朝は寒い!
年末の26日に仕事納めして以来、2週間ぶりの通所ですから随分と時間が経過しており、体がなまっていて?とても出かける気分にはなれないものです。
もちろんそれでも気持ちは張りつめていて初めての出勤や通学の時に誓い妙な緊張感があった。
その緊張感をもたらす主な原因がバスを降りてから施設までの白杖歩行にある。
白杖歩行については過去に何度か書いていますが、やはり視覚に頼った判断が出来ないので久しぶりに歩く道に対する不安がかなりあるのです。
まあ今回は年末年始のお休みですから道路工事が行われて歩行する部分が著しく変化している可能性はほとんど無いのでしょうが、それでも車の事故で電柱やガードレール又は道路標識やブロック塀などが破損していないとはかぎらない!
普通に視覚を利用して歩いているのでしたら「あれっ、事故かな?」なんて思えば住むし、意地悪く車どうなったんだろうな?なんて野次馬根性で見るかもしれないでしょうが、自分たちの場合ブロックやガードレールを伝って歩く場合が少なからずあるし、電柱や道路標識を見つけたらそこが交差点とか横断位置だと判断しているのですから万が一にも自分の目標としている物がなくなったりしていると非常に困るのです。
可能性の問題とすれば、あり得ないほど低い確率で「宝くじに当たる方が簡単」だと思えるほどでしょうが、やはり不安は残るのである。
そしてもう一つは自分自身の問題である。
昨年の今頃から白杖歩行の訓練を始めたのですからちょうど1年ですが、この間2週間も白杖歩行していないなんて事は無かったのだ。一番長いときで3日間でそれ異常のブランクは1度もないのだ。
だが今回は異常とも思える寒波と出かける必要性に乏しかったこともありまるまる2週間白杖歩行していないのである。
杖の感触をはたしてどの程度覚えているのか?考えると気分が悪くなるほど不安が襲ってくる!!
まあそれも昨夜までで本日の朝になれば「寒い」とか「行くの嫌だな」なんて気持ちが強くて忘れていたけどねっ!
行くのが嫌なのは出かけるのが嫌なのではなく「こんな早い時間は嫌」なんですが・・・
そんなこんなで気分は今ひとつ盛り上がらないがとりあえず?出かける。

朝のバスターミナルはもうすでに正月気分の人はいないらしく、自分が休みすぎ?と実感じる。
バスをまっていると「どのぐらい見えます」と声をかけられる。なんだ?
不思議に思ったらなんとその方が糖尿病を患い視力が落ちる恐怖に直面しているらしく、私に(白杖を持っているから)視覚障害者の事を訪ねたかったようです。
突然の事なのでうまく受け答えが出来なかったのが残念である。
自分の今後の目標は自分と同じように視力を失いつつある過程や、失うかもしれない不安にとりつかれている人の気持ちを少しでも楽にしてあげたいなんて考えていたのに・・・少し反省します。
自分自身視力が落ち始めてどうなるんだこの先は???
そんな風に考えていたときも十分?しんどかったが、その後の後どのぐらい見えているかな?なんて考え始めたときは本当にきつかった!
そんな思いを(忘れかけていた思いを)ふと思い出したんです。
それが今年初通所の日とはとても信じがたい偶然である。
乗車したときに自分とは離れた位置に座ったようで話はほんの少しの間だけだったが、今後の課題として・・・宿題が出来た気分です。

もうじきバスを降りる停留所だ・・・するとまた「うまく歩けるかな?」なんて不安がよぎる。本当に久しぶりなんだからどうしても不安が頭をもたげてくる。
なんだか歯医者の順番待ちみたいな気分である。
まあ何とか無事に歩行は出来たが、やはりなかなか思うようには杖が使えない。特にいつも苦労しているスーパーの駐車場ではうなかなかガイドが解らなくてかなり苦戦していた。それ以外は特に歩行する部分の変化は認められずであった。
そして堤防に出たときに風がほとんど無くてそれが本当に助かりました。

施設に着いて一応?新年の挨拶をして回る。
今年最初なので結構人が一杯だ。とはいえ2人休んではいたが、ボランティアのかたがきていたのでそんな風には感じなかったのかな?
朝のミーティングは年末年始の報告会&新年の抱負を行いついに午前中が終わってしまった。まあ予想の範囲内ではある。「想定内!」だ。
午後から今年初めて作業をするがやはりなかなか体がうまく動かない。
まあぼちぼちいきますか?

最近考えていることがある。それは「映画の解説をするボランティアサークル」を作れないか?である。
視力が乏しくても映画は見たい気持ちはある。
正直悪くなる過程ではとてもそんな気分にはなれなかったが、現在は映画を楽しみたいと思っている。
確かに最近は「シーンボイス」なるシステムを使い解説を入れた映画もほんの少しではあるものの解説付きの映画は存在はする。だがこれは私の要望には全く応えられないのだ。
理由は簡単!準備に時間がかかるので直ぐには(新作は)できない。それとあまりに少ないタイトルしか行われていないのだ。
NHKの朝のテレビ小説などでは副音声で解説が流れているが、用はそんなものだ。
ただしもっとレベルの高い物を作ろうとしているのでシナリオを自分たちで作りそれを忠実にアナウンスする事が必要なようである。
私の希望としてはあまり余計な事を言わないで!ですが、私とは違う考えの人も多くそれが結局シーンボイスなどの普及が遅れている要因なんだろうと想像できる。
まあ自分の考える物は今上映されている映画を隣の席で見ながらシーンの解説をしてほしいだけなのです。
あまり事細かに話されると自分の想像が働かないので「シナリオ本の朗読」になってしまうのは私は嫌なんです。
まあそんなこんなで今は自分の周囲にいる映画の好きな人に「映画一緒に行って」とお願いしている状態ですが、やはり好みや都合が合わなくて結局見逃すものも少なくない。事実「春の雪」は結局みれなかったのだ。
焦らず、徐々に徐々に計画を進めて生きたいと思いますが・・・
今年の課題かな?


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2006年の誓い? [独りごと]

昨年の初頭から始めた白杖歩行も丸1年を迎えるにあたり、新たな気持ちと、悪い意味での慣れすぎないように気を付けながら行動をしたいと思う年始である。
昨年は何も知らないから「怖い物知らず」で様々な事に挑戦できていたが今年はそうはいかないかもしれない。
白杖歩行もある程度「こんなもんか」なんて自分なりの限界というのかを悟って(悟るには早すぎるが)いる所があり、以前のように思いっきり的はずれ?な行動は出来にくくなってきている。
的はずれとはいっても「視力があれば普通」の事がらですから、自分はそれほどおかしな事を考えているとは思っていなかった部分が多い。ところが、ある程度白杖歩行に慣れてくると、キケンは減ってくる物のそれは杖の扱いが上達して安全になったのではなく、臆病風に吹かれ?冒険をしなくなってきているからに他ならない。
要するに初めは何も知らないから何でも好奇心から試したり、やってはいけない様なことを知らずにやっていたりしていた。
ところが、今では「あれはあぶない」とか「こうしなければ」なんて思いこみとは言わないまでもそれに誓い物がある気がする。
それはそれで絶対必要なノウハウだったりするから否定は出来ないが、それ以上先には進みにくくなっている要素でもある。
その最大の問題点が「歩行訓練した場所以外行けない」事にある。
自宅付近で記憶の中には鮮明に残る景色(本当かな?)でも実際には一人では出歩けないのだ。
以前他のページで書いているが歩行訓練師の資格を持つ方に歩き方のレクチャーを受けない限りまず一人では出歩けません。
視力があれば問題ないようなこと(今いる地点)が自分には解らないのですから、確実に今いる場所を把握し、見失わないようにしながら移動する必要がある。
距離を知るのに「歩数を数える」のは現実的ではない。理由は簡単で「体調で歩幅が変わる」「真っ直ぐ歩けているとは限らない」「数を数え間違える」「精神的影響もある」などちょっとした原因で誤差が出てしまい、歩数を数えて正確な距離を計ることは出来ないのだ。わずかな歩数なら時折利用してはいるが、数歩程度までで、それを超えるとまず利用はしなくなる方法である。
それではどのように距離を測るのか?
私が白杖歩行をする前に一番疑問に思っていた部分である。
答えは単純で「慣れ」と「路面などの情報から知る」のである。
慣れとは何度も何度も同じ場所を言ったり来たり(正確には一方だが)して地形を覚えるのと同時に感覚的に「こんなもんかな」との距離感を身につけるのである。
距離感は歩数を数えるのとは違うが、ある意味歩数を数えているのとおなじだ。
車を運転する人はいちいちスピードメーターを確認しながら運転をしている人はまずいないと思う。制限速度が変わった地点で一応確認はするかもしれないが、一般的には身につけている「スピード感」に依存している場合が殆どではないでしょうか?
それと同じ事なのです。意識的に歩数を数えているわけではないので、いつも左足を踏み出すとあるガードレールが右足の時あるとびっくりしたりするが、、歩数が違ってもそれほど気にならないようだ。
体調が悪く(腰痛)歩幅が通常より狭くても距離感はあまり変わらないようです。
もう一つの要素である路面などからの情報とは、知らない場所に出かけるとき地図を見て3つ目の角を左折とか目印を見つけて移動すると思いますが、白杖歩行はもっと細かくそれを行うのです。実際に自分の場合を述べてみる。
バスに乗るには、自宅玄関を出て道路までは芝生だが側溝やアスファルトがあれば「道路」と解る。この違いは杖で地面を突けば跳ね返り方や、音で解るのである。
道路に出たと思ったら道路の端を側溝の蓋や住宅の塀を確認しながら歩くのです。
これで歩く方角は問題ないが今度は距離である。感覚だけだとときおり失敗するので周囲の情報と総合的に判断する事とするのだ。
塀がとぎれて数歩とか側溝の蓋が少しずれているとか、細かな情報を一歩一歩確認しながらの歩行となる。
実際には自宅からバス停までほんの数十㍍だが、その日の体調からくる杖の感覚がよくわかっていないので意外と慎重に歩くためか1分程度の時間をかけている場合が多い。

まあ上記のような理由から白杖歩行には限界がある事が理解できるでしょう。
そこで昨年来考えているのが盲導犬である。
も同県の最大の魅力は歩行訓練していない場所でも歩ける事と、スピードにある。
白杖では自分の地点を見失わないように慎重に歩を進める必要があるが、盲導犬は目印(交差点や段差)を教えてくれるので地図を確認して何個目の交差点を右折するなんて考えで行動が可能になるそうです。実際に使用している訳ではないので詳しいことは解りませんが、体験歩行をしてみると「なるほど」と感心する部分が多い。
自由に出かけるにはやはり問題があるが(案内板で確認出来ない)周囲の人を頼ることによりかなり自由に出歩けるようになりそうである。
今年は戌年だからと言うわけではないが、盲導犬を使用できるようになれば今に比べ行動半径は格段に拡がるのは確実なようだ。

もう一つ昨年から始めている「点字」の勉強であるが、なかなか上達しない
元旦に点字年賀状をいただいた(点字の先生から)が読み終えるまでかなりの時間がかかってしまった。
こんな状態では一人で出歩いた時に点字を利用して切符を買ったり、案内板(点字の)を利用して場所の確認をするなどが不可能なので何とかもう少しましな状態になりたいとは思っている。
ただ指先の感覚だけは練習とともに感性もかなり影響すると思うが、どうも私はあまり優れているとは思えない。まあ泣き言ばかり言ってないで何とか練習を続けて読めるようにはなりたいと思っている。

今年の目標は「点字の上達」「行動半径の拡大」である。
行動半径の拡大とは可能なら盲導犬を利用することです。
まあぼちぼちいきますか?


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05年最後の通所にあたって [今日の出来事]

今年もついに最後の日(通所が)となった。
松飾りが取れた頃から白杖歩行の練習を開始して2月の1日から通所を始めたのだ。
そして丸1年間の白杖歩行経験者になってきたのだ。

今日は少し体調が悪くて朝起きれなかった。
本当は休もうか?と真剣に迷ったのですが、今年最後の通所なので、なんとか起きて出かけることにする。
寒さに弱い私としては常にかなり厚着していますが、今日はいつも以上に厚着してでかける。寒さは先週までと比べると少し楽に思うが、やはり屋外に出て5分もすると手足が悴んでくる。カイロを握りしめてバスを待つ。
無事に駅でも乗り換えを済ませ目的のバス停に!
バスを降りてからの白杖歩行は単独歩行を初めてからでも丸9ヶ月となりある程度自身をもって歩けるが、やはり苦手な場所もあるし体調の悪い今日は特にいやだった。
それでも無事に問題のスーパーの駐車場をクリアーするその後は比較的歩きやすい(白杖で)ので安心?して歩く。
話は違うが先日まで放送されていたドラマ「1リットルの涙」のなかで「あせるな、いそぐな、あわてるな」なんて台詞がありましたが、今の私にはピッタリする言葉かな?なんて妙に共感していました!台詞を話す女の子は足の自由が奪われてきて気持ちや考えに体が着いていかないから時間がないとか、早く行きたいからなんて思わないで「あせるな、いそぐな、あわてるな」になるのでしょうが、私も走れるわけではないし、確実にポイントをたどっていかないと「あれっここはどこ?」とすぐ迷ってしまい周囲の助けがなければ原状回復が出来ない状態に陥る可能性が大きいのだ。
この主人公の女の子と同じで「あせるな、いそぐな、あわてるな」を座右の銘にしようかな?そんな事を思いながら歩いていく。
堤防に出ると風邪が一段と強まり帽子を手で押さえていないと吹き飛ばされてしまうのである。
右手は白杖を持っているから左手で帽子を押さえることになるが、厚着しているうえに肩こりが結構ひどくて腕が上がらないのでつらい体勢となる。
何とか堤防も無事通過し施設に到着する。

本日は広報誌の印刷が190部もあるのでミーティングもそこそこに作業にはいる。
私はまだまだスピードを要する場合は点字印刷に関われないので、本日は名刺の印刷とトランプの印刷に回る。
広報誌の印刷は版に紙を挟む人が3人、ローラーを通す人、版から紙を抜く人が2人、できあがった広報誌のページを確認する人、最後に表紙を付けてホッチキスで製本する人、最後に用意してある封筒に広報誌を入れて封をする人、それをチームでこなすのです。
版に用紙を入れるのはやはり慣れが必要でスピードを要求されるとまだまだ私では・・・となる。
点字を読んでページを確認するのもゆっくりなら可能でも今日のペースでは1/3がせいぜいでそれ以上はなかなか・・・
ローラーや紙抜きも出来ますがやはりスピードは・・・となる。
封筒へ入れるのは可能ではあるが、名刺などの印刷も必要なので私がその方面を担当してやることとなった。

昼までにどの程度出来ているのか?15時までに本当に出来るのか?心配でしたがなんとか無事に作業は終了しました。

昼ご飯ではクリスマス会の余り物?がたくさんあったので、その処分?を手伝う。
お弁当を持ってきている人は別にして給食を頼んでいる人は「カレーライス」を食べ、お弁当持ちの私もカレーをおかず?にする。
食後のデザート?に「苺大福」が出てきたが、少し変な気分ながらおいしくいただいた。
作業が終わってからのお茶の時間は「ケーキ」が登場!
チーズケーキ、チョコケーキ、フルーツケーキと3種類もありどれにしようかな?
いつもよりかなりのカロリーオーバーではあるが寒さに負けて歩く歩数は少なくなり消費カロリーは・・・・ヤバイゼとは思いつつやはり手が伸びる・・・

今年ももう終わり(作業は)なので施設の職員さんやボランティアの方に挨拶をして帰る。
おみやげ?に「おもち」や「みかん」などを頂いてかえる。

本日は少し作業終了後お話をしていたのでバス1本分遅くなる。
乗ったバスが順調に(定刻通り)駅に着けば問題ないのですが、10分程度遅れてしまいバス停に着いたときには乗りたいバスが発車した直後となる。
バス乗り場は円周上のバスターミナルに16のバス停があるので場合によってはすぐ隣とか2つ程度離れているだけの場合があるが、最悪8つも(真反対)に停車する事もある。こんな場合ショートカット(内側は吹き抜けで歩けない)出来ないので外周を歩くことになる。
朝と夕方は人が多くしかもバスの発着も多いのでなかなかスムーズに歩けない!
乗車待ちの人はどうしても列を作って外周を歩く自分の進路をふさいでいる。
そして下車してくる人は勢いよく?飛び降りるような高校生が多いのでうっかりするとぶつかってしまう。そんな事でなかなかスムーズに早く移動できないので今日みたいに6つも離れて停車されるとどうしても時間がかかる。
そんな今日のできごとです。
バス停で列を作っていて「すいません、通してください」と何度か声をかけても知らん顔?の人がいた。そんなとき「どのバス停ですか?案内しましょうか?」と声をかけてくれた若い男性がいた。
多分30前後のサラリーマンだと思うのですが、自分の乗車するバス停まで案内をしてくれた。
この男性は「手引き」の仕方を知らなかったようですが、案内(声かけ)はしっかり出来ていて、「いま○です。もう少しです」「あと5㍍です」と細かく今いる位置を教えてくれたので安心して歩けた。
今日は私が腕を取って歩く方法をこの親切な男性にお願いしなかったのですが、今度このような機会があったらぜひとも手引きの方法をレクチャー?したいと思います。
ただ今日のように声をかけてくれるだけでもすごく楽だし、安心できます。
円周上のバス停なので停留所の数を数えま違えてしまい、1つ隣のバス停でひたすらこないなあなんて待ち続ける事がありえるのですが、確実にバス停を教えてくれたのですからその心配はありません。
これだけでも本当に助かるし嬉しいのです。
皆さんもこんなふうに声をかけてくだされば嬉しく思います。
今日なぜバスが発車した直後に到着したとわかったか?
それはバス停に到着してほどなく違う路線のバスが入ってきたとき「×行きのバス来ましたよ」と女性(老女だと思うけど)が声をかけてくれたのだ。
この際違う路線だと伝えると「ちょうどバスが出た後来たのね」と教えてくださったのです。
これはある意味残念の気持ちが大きくなるが、妙な期待が無くなるので助かりました。


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05年12月20日の出来事 [今日の出来事]

大寒波に見舞われ寒さにうち震えている日本列島です!
私の住んでいる地区も寒さが厳しく(温暖な地区だからこそ寒さが応えるんです!?)凍り付いています。
ただ寒い寒いと体を丸めていたのでは白杖歩行が出来ませんから「カイロ」を片手に分厚いジャンパーを着て「正に重装備」で出かけます。

寒さに負けてはとは思いつつなかなか体がゆうことをきいてくれませんから本日は度々周囲の人の声に助けて頂いた。
最初に助けてくださったのは、自宅近くのバス停でのことです。
通常バスは「停車してから乗車口を開ける」のですが、今日は走行中から開けていました。正確には開き始めていたのです。
停車してからドアを開けていては時間が掛かる(2秒程度だと思うけど)のが嫌なのか?それとも別の目的なのか停車したときにはすでに全開していたと思います。
これが「困った原因」で助けていただきました。
助けてくれる人がいなくても時間がかかるだけで乗車自体が出来ない訳ではない。
停車してからドアを開けてくれれば「作動音」でドアの位置をおおよそ確認でき、多少自分のいる位置からズレて停車しても比較的スムーズに移動し乗車できます。
でも、停車した時にすでにドアが開いていると開閉音がありませんから「乗車位置」がわからないのです。
そうなれば「正面」「少し左」「少し右」「もう少し右」「もっと右」元に戻って「もう少し左」「もっと左」と少しずつ移動して乗車位置を探る以外にないのです。
確かに走行しながらドアを開いても音は聞こえます。でもその音が右から近づいてきてどの位置で音がしなくなったのか?それは解りません。停車するまえに作動音がなくなると全くのお手上げなのです!!
今日は他に乗る人がいて「もう少し左です」と杖を持つ腕を乗車位置に誘導してくださったので楽に乗り込めましたが、普通なら最低10秒は無駄に停車する必要がでることでしょう。
バスを降りるときに「走行中にドアを開けるのは止めて欲しい」としっかり運転手さんにお願いをしてから下車しました。

乗り換えのバスに乗るときも女性に声をかけていただきました。
バスが停車して降車口を開いて乗客を降ろしているのはわかるのですが、乗車口を開いた様子がない!
以前おいてけぼりを食わされてから神経質になっている私はバスが停車したと判断すると直ぐに乗車できる体勢をとるようにしているのです。
そうしたら「まだ開いてないよ」と声をかけてくれたのです。
もちろん私にも解ってはいますが、やはりありがたいです。
さらに「ドアが開いたよ」とも教えてくれた。
この女性は多分以前にも手を貸してくれた方だと思うので、私が乗るべきバスが解っているのでしょうが、私は一応ドアが開いて「○×行きです」のアナウンスを確認するまでは乗るのを避けているのです。そんな私に乗れるよと教えてくれるのですからありがたい!

施設最寄りのバス停で下車し信号機を待っていたら「渡れますよ」とこれまた女性の声がする。
この場合も信号が変わって横断自体可能な状態であることを理解はしていました。
待っていたのは同じ施設に通っている仲間と時間差を作りたかったのです。
わざと信号を1つ遅らせて歩きやすい状況を作るのです。
教えてくださった方には申し訳ないのですが、一応?「ありがとう」とは応えた物の横断はしませんでした。この女性が再び同じような状況で今度は声をかけるのをためらったりしない事を祈ります。
朝は都合3回のお助けがあった。

帰りは時間を間違えていてバスに乗れるかどうかきわどい時間だった。
一応可能な限り早くでも焦らないで歩く。
いつも苦労しているスーパーの駐車場まで来たときに問題発生!
どうも車が飛び出した状態で停車させてあるようなのです。
自分たちが真っ直ぐ歩くには(道路に沿って)感ではムリです。単純に直線でも難しいのですが、一般的には多少左右にカーブしている道路が殆どなので、道路と平行にある目標物をガイドに利用するのです。
でもこの駐車場で利用するガイドの上に車があったのです。
極端な話し土砂崩れで道路を遮断されてしまいその先に進めない状態に近い。
違うのは障害物をうまくよけて元のガイドを捜せばその先に薦めることです。
ただこの場合はランドマークをみつけてほんのわずかな凹凸を外さないように慎重に歩けば何とかなる!そんな場所ですから一旦ガイドとする凹凸から離れると、再びガイドとなる凹凸を探すのがほとんど不可能なのです。
このときに自分が方向を誤って車道にでかかったのです。
実際には車道の手前に側溝の蓋があり神経質になっていた私はこの側溝の蓋を発見できました。そして側溝の蓋をたどれたでしょうが、車道の直ぐ脇で境がないのでかなりキケンな状態になります。
ちょうど側溝の蓋を探り当てた時「あぶないよ道路に出ちゃうよ」と女性の声がした。
そうなんです、またまた女性に声をかけて頂いたんです。
これは本当に助かりました。もしこのケースで誰も教えてくれないと車道に出てしまい事故の可能性も否定できません。
今日はなんとか側溝の蓋を発見できていましたが、それが車道脇の側溝なのか?それともいつもガイドにしている凹凸なのか?それは解らないのです。
わずかな凹凸を間違いなくたどれればもう少し進んだ地点で本来のルートに戻る事はできますが、それ以前に車道に飛び出して・・・なんて最悪のストーリーも否定できない状態だった!

今日の話は今年も後わずかになり緊張の糸がゆるんでいるのか?なんて思うような事ですが、本人は決してそんなつもりはありません。
帰宅する時間ですが、最近はもう真っ暗な日が続いていましたが、今日はほんのり明るさがあった。
周囲の明るさもある程度わかるのですが、一番感じるのは走行している車のヘッドライトが眩しく感じるか否かです。
周囲の明るさがある程度あるとヘッドライトが点灯している事にすら気づかない場合があると思いますが、暗くなると眩しくて顔を背ける用になりますから・・・
早く日が長くなってほしいなっ!
寒さが苦手な私としては「早く春に」なって欲しいもんね!!


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行政に異見する? [独りごと]

本日は昨日までの寒さに比べれば多少はまし?な1日となったが、朝の冷え込みは思っていた以上でした。
今年から通い始めた施設も今日を含めて後3日で仕事納めを迎える時期となった。
後少しですから、多少の寒さには負けないで出かけようと気合いを入れたつもりでしたが、目覚ましで一旦起きたはずなのに「うとうと」してしまったようで、髭を剃る時間が無くなってしまった。
朝電気シェーバーで剃るつもりが・・・時間がない!
それでも一あたたり(20秒程度)だけしてバス停に急ぐ!
カイロを手にして杖を使うのは難しいが、わずか数十㍍の距離である事と、ブロック塀沿いに歩けるので何とかカイロを握ったまま歩く。
手袋&カイロの重装備?なのに「手が痺れて痛い」そう感じるほどの寒さである。
私の住んでいる町は全国的に見ても温暖で過ごしやすいとされていますが、決してそんなことはない!「声を大にして」そう言いたい!!
もう一つ不思議?なのは「地球温暖化」が問題になっていて、夏の暑さは温暖化の影響じゃなかったのですか??専門家の先生様是非私にも理解できる明確な回答を・・・

まあそんなくだらない話はまたにして、本日も白杖歩行をするが、寒さに身が固くなり、そのうえ手が悴んでしまい自由に動かないのです。
そんな中で路面の微妙な変化やデコボコを捕らえなければならないのですから、なかなか骨が折れます。
白杖歩行を覚え始めてからちょうど1年がすぎようとしている今ですから何とか歩いていますが、歩き始めの頃うまく歩けなかったのは「寒さが原因の一つ」だった?
本日の気温は昨日とさほど変わらないと思うのですが、風がほとんどない。
いつも強風に飛ばされそうな帽子を左手で押さえなければならず大変歩きにくさを感じる堤防ですが、風がほとんどなく非常に楽だ。しかも川沿いなので吹きさらしの堤防では風がより強く吹いて寒さを倍加させるが、今日はむしろホットするほど寒さは感じない。

施設に着いていつものミーティングが始まるが突然「後で意見を聞くよ」と所長に言われたが、冗談だと思っていた。するとお客様がやってこられ所長となにやら相談をしている様子。
ほどなくミーティングの時に指名されていたもう一人が呼ばれた!
あれっ?冗談じゃなかったのかなと嫌な予感?
程なく私も所長からご指名が・・・(指名料はあるんかい?)

所長の所に見えていたお客様は「町作り協議会」(名前違ったかな?)の人たちで、
市の再開発がなされていた地区に「点字案内板」なる物を設置する内容の相談でした。
行政の仕事の片棒?を担げるとは予想もしませんでしたが、所長から意見を求められたので今の自分にとって何が必要かを率直に話させて頂きました。
「点字案内板」とはいったいなんだ?そう思われる方が多いと思いますから一応簡単に紹介しておきます。
きっと皆様の暮らしている町や出かけた先にもあるとおもいますよ。
一番簡単に見つけられる方法は「音」です。
駅や市役所などの公共施設には「キンコン」とか「キィン~コン」なんて音がする場所があると思いますが、そのほとんどが「音声誘導装置」なる物が出す音です。
重要な通路の分岐点や階段、市役所や施設の入り口などに音声誘導装置が設けられているのです。音のする方向に向かうことにより場所を確認出来るのです。
そんな音声誘導装置ですが、一部「何でこんな所で音がするのか?」意味不明な場所にある物があります。
階段でも通路の分岐点や建物への入り口でもないのに音がするのです。
その音の正体が「点字案内板」なんです!!
実は私もつい最近知ったのですが、点字案内板にその周囲にある施設などが書かれていて視覚障害者でも自分の行きたい場所の位置を知ることが出来る物だそうです。
点字で書かれているのですが、地図じたいも凹凸で電車の線路や道路を表しているものだそうです。一般的にある周囲の案内図だと理解してください。
そうです!「現在地」と赤く印を付けてあるあの大きな地図の点字版なんです。
点字案内板は手で触って読み取る為に一般の案内板みたいに大きく出来ません。
そのため「文字」をたくさん書けず「短縮語(略字)」を利用するそうです。
でも「エン」「ビョ」「ゴウ」「クリ」だけで何を表しているのか想像できますか?
もし想像できるのでしたらある程度その当たりの地理に精通している方でしょうから点字案内板事態が不用になるでしょう。
皆さんも始めていった場所なら案内板にある地図を見て「ああ、こう行けばいいんだ」と理解してから目的地に出かけるでしょ?それは私たち視覚障害者でも同じです。
先ほど指摘した略字ですが、それじたいの意味は別の場所に何を意味するのか書かれてはいます。見た目の地図に番号を書いておき1番駅、2番市役所、などと別の場所に明記してある訳です。もちろんこの方式で問題ないというか、全ての文字を地図上に表示するのはムリですから致し方ない方法でしょう。
ですが、あまりに施設の名前が想像できない略字では困ると指摘させていただきました。全ての建物の名称をいちいち確認していたのでは先に読んだ建物の名前なんだっけ?となってしまいます。
「エン」は遠州病院前駅の略、「ビョ」は遠州総合病院の略、「ゴウ」は県合同庁舎の略、「クリ」はクリエートの略だそうです。あなたは回答編の前に解りました?
確かに図面の上にうまく納めるにはある程度の省略は必要ですがあまり極端では意味を無くしてしまいます。
もう一つ話題となった点は「向き」です。
地図をどちら向きで見るのか?それが話題となりました。
最初に書いたのですが、再開発が行われた場所の案内板ですからその場所が解らなければあまり意味がありません。でもそれだけが目的ではないでしょう。
今回は「再開発地区」の案内に的を絞りその方向に向かって点字案内板を設置する方向に意見を変更して頂きました。
駅から東に向かった地点に問題の点字案内板を設置するのですが、東向きに歩いてきている人がそのまま読めるようにとの配慮から「東向き」に設置する案が提案されていました。
ですが、その先には案内を必要とする重要な施設はあまりなく、左手(北側)に再開発によって整備された官庁街があるのです。
今回設置する「点字案内板」はこれを案内する事が重要であり、必要なのだとお願いしたのです。
案内板をみて目的地を確認する場合「左に間借りどの位先に・・・・」と考えるより、「どのくらい先に・・・」と考える方が自然でしょ?
皆さんが展望台で「あの建物は?」と案内板で確かめようとするがなぜか左に90度首を振って確認する状態に設置してあったら目的の建物を探すのは難しいでしょ?
見ている方向に案内板があり、同じ方向で地図なり写真があれば直ぐに解りますよね?
それと同じなのです。カーナビの画面は進行方向が上に来るように90度づつ回転していきますよね?そうしないと見にくいからでしょ?
ただ問題なのは歩いてきて点字案内板が正面ではなく90度ずれた方角に設置することです。要するに「肝心の点じ案内板を探せない!」なんて事になってしまわないかそれが心配なんです。
最も歩いてきた正面に「点字案内板」を設置出来るわけではないので(歩道に飛び出して設置すれば歩行にキケンが伴う)点字案内板自体を探せないなんて事はないかもしれませんが・・・

そんな話しに私の意見が取り入れられて(一人だけの意見ではないが)より使いやすくなれば私たちの仲間が町に出て活動がしやすくなり、さらに社会参加の機会が増える好条件をみたしてくれる事でしょう。
行政の努力を大いに期待したいと思います。


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再び盲導犬に挑戦? [今日の出来事]

本日再び「盲導犬体験歩行会」に参加してきました。
先月初めて盲導犬体験歩行に出かけたときは、前日に知らされて心の準備もないままでしたが、今回は半月程度前に予定を聞いていたので「ガイドヘルパー」をしてくださる方を最初から頼んでおくことができていたし、聞きたいことや、体験したいことを十分?考えてから出かけることができました。
先月は体験歩行の第一歩?として全く知らない道を初めて「盲導犬」と歩いたのです。
でも、今回は地元なので十分に知っている道(視覚障害の出る前の記憶がある)なので、このような道だとどう反応する?を体験することが出来るのです。
大きな期待を持って出かける。

ガイドをしてくれる女の子との待ち合わせ場所に予定より早く着いてしまったが、別に遅く着いたわけではないので問題はない!
一応、彼女に到着しているむねを携帯電話からメールで知らせておく!
直ぐに「5分程度でつきます」と返事が届く。元々の予定より早く待ち合わせ場所に着いたので、目的の盲導犬体験をする場所にもけっこう早く着いた。
すると、先月にもお世話になっていた「日本盲導犬協会」の金井さんから声をかけてきてくれた。

10:00からの予定に対して10分程度早く到着したが、他に人がいない?
ガイドの女の子が少し困っている様子!特に受け付けもないようだし、参加者らしい人もいない状態だそうです。
そうして様子を見ていたら金井さんが先月いらしていたバニーさんですね?と声をかけてくれ驚いた。この人は1度会っただけの私を覚えていたんだ!
おそらく大勢の人に会うケースがあり、相手の事を覚えるのが上手になったのでしょうが、一度会っただけで覚えておられるとは・・・きっと私がよっぽど印象深いんでしょうね。(なんちゃって)

予定の10:00をすぎても他の参加者が来ないので先に盲導犬の体験をさせていただくことにする。
前回は休講中の盲学校でしたから「階段」を歩いてみる事が出来なかった。
今回はどうしても階段を試してみたかったので自由に?犬を使える状態にあるこの時点で、試させて頂くことにする。
先にも述べたが地元中の地元(視力を無くして仕事を辞めるまですぐ近くに勤めていた)なので周囲の状況はほとんど知っている!そんな中での「盲導犬体験」なのだ。
この道は何㍍ぐらい歩くとあの交差点でそれを真っ直ぐ行けば電車の駅、右に行けば県合同庁舎などと地理的に解っている場所なのだ。
こんな状態の場所ならば「盲導犬を利用すれば」ほとんど問題なく歩けるだろう!そんなことを確認出来た。
どうしても試してみたかった階段は直ぐ近くに電車の駅があるのでそこに向かう。
街中を走る路線であるため高架されており、電車に乗るには階段をけっこう上らないと乗れないのでちょうど都合がよい。
前回体験している事を協会の人も知っているので、私に犬に「指示してみて」と行ってくれた。本当に自分が利用している盲導犬じゃないかと錯覚するほどのスムーズな体験となり、指示した内容に対しうまく犬が反応してくれる様子がよくわかった。
こうなると「欲が出る」
最初は前回も試させてもらった「ウーベ」という大きな(32㎏もある)犬だったが、次に別の犬で試させていただいた。
この犬は本当に小型で18㎏程度らしい。同じ犬種「ラブラドール・レトリバー」なのに随分と大きさが違いました。
この犬の大きさの違いと、犬の性格の違いが使用者に大きく影響するので盲導犬の利用申し込みをしている人に割り振るそうです。
小型でおとなしい犬が合いそうな人には、そんなタイプの犬が盲導犬の訓練が終わった時点で初めて順番が来るそうです。大型で勝ち気な犬が多かったりするとなかなか順番が回ってこないなんて事もあり得るらしいです。
現状ですと1年に30頭程度しか盲導犬になれないので、どうしても「盲導犬希望待機者」が多くなってしまっている。更に現在盲導犬を利用している人が「新しい犬」を希望(引退のため)した場合はある程度優先する必要があるのも新規が増えにくい原因。
そんな状況を少しでも解消しようと「静岡県富士宮市」に新たな施設を開設し年間50頭程度の盲導犬を育成しようと計画しているそうです。

盲導犬は特殊な技能で「スーパードック」と勘違いしている人も多い(以前の私がそう)のですが、実際には「学習能力が高い」「従順な」「突発事態に動揺しない」など盲導犬に適している様々な性格的な部分はあるようですが、何も特別な犬ではないそうです。
そしてそんな特殊とは言えない犬を連れて?いえいえ先導されるのですから連れられてが正しいのでしょうが、再び町に出かける。
今度は先ほどの駅よりは少し遠い「元の勤め先」に向かう。
大きな交差点に向かうが、大きな交差点だと当然?横断歩道も少し奥まったというのか四つ角の端にはなく少し回り込んでから横断歩道を渡るようになる。そうすると当然ですが、犬に真っ直ぐと指示しても行けないのです。そして大きな交差点だと左右に立派?な歩道が完備されていてそれ自体が(今歩いている道)カーブしているように勘違いしてしまうのか、犬は徐々に右に寄ってくる。
その動きを感じて一旦止まり、右に進むのか、真っ直ぐの歩道を探させるのか?そこで指示を出すようにするようです。
交差点を渡るのは「白杖歩行」と同じで犬に任せるのではなくて、信号機の状態を判断して自分で「ストレート・ゴー」と指示を出さなければならない。
もし赤信号の時に指示をしても盲導犬は反応しないように訓練されているそうですが、実際には信号機を判断しているのではなくて、走行している車があるとキケンだと判断して命令を蒸しするようです。
さて、横断歩道を渡ると当然少し左によらないと建物にぶつかってしまう位置にでる。
この場合はどうする?ですが、一般的に真っ直ぐなので問題なく歩くようです。
会社の裏口に行ってみたくて細い路地に曲がりさらに普通は気づかない程度の細い通路を探させる。
今日は指導員の方がいたのでうまくその細い通路を犬が見つけてくれた!
細い通路を通り抜けて今度はごちゃごちゃした街中の(下町の)道を歩いてみる。
交差点を数えて行かないと目的の位置には到着できないので、路地の見つけ方などの具体的な方法などもレクチャーしていただいた。

少し歩くといきなり「ワンワンワン」と通りかかったお宅の犬がほえかかる。
盲導犬も驚いたでしょうが、私も「心臓がひっくりかえる」ほど驚いた。以前はそのお宅に犬はいなかったんじゃないかな?そんなときいきなりほえられて「ビクッ」と人間様がなってしまったのに、盲導犬の訓練を受けている犬は大した物で、少しビックリした様子はあったのですが、ほえ返したりはしませんでした。
多少動揺していると指導員の方はおっしゃっておられましたが、私には自分の同様があった為かさほど気づきませんでした。
順調に歩いて体験歩行の場所に戻った。

体験会の場所に戻ったが、残念ながら他の参加者がみえていないらしい。近くで話声がするので相談にみえている人は何人かいたようですが、体験となるとなかなか・・・のようです。
しかたない?ので私たちだけでも話をしていただくことになる。
ガイドをお願いした女の子は学校で福祉の勉強をしている子なので、実際に盲導犬を訓練している人に話を聞けるのは貴重?だろうと思ったのです。
もう一人、毎週施設にボランティアでこられている方が顔を見せてくれたので「3人」を相手にしてのお話になった。
一応前回に聞いた話が中心でしたが、私が一度聞いていることにも配慮してくださり、それ以外の話しも随分としてくださった。
だいたいの話が終わった時点でガイドの女の子と、ボランティアの二人に「アイマスク(目隠しして)」盲導犬の体験をしてもらう。
二人とも肝が据わっている?のかなかなかうまく歩いていたそうです。
私はガイドの女の子が体験している後を別の指導員の腕を借りて後ろから着いて歩く。
以外?に早く歩いているので「初めてじゃ無いのかな?」と感じたほどです。
後で聞いてみたら「すごく怖かった」といってました。それでもあれだけ早く歩けるのは自分が歩いているのを見ていて「盲導犬を信じる」気持ちがあったのかな?

一回りして元の場所に戻ったら予定の2時間が経過していたのでお礼を述べただけでしたがその場を後にした。

前回も感じましたが、ますます「盲導犬」を使ってみたくなりました。
以前はマイナス要因ばかり気になっていてどうしても「持とう」とはおもえなかったのです。「持ちたい」とはおもっていましたが・・・
さて今後はどうなる?


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日産労連に感謝! [今日の出来事]

本日「日産労連」さんによるご招待を受け、劇団四季の演じる「人間になりたがった猫」の観劇をさせていただきました。
本来水曜日は施設に出かけないのでこういったイベントには参加しないのです。
ところが、観劇をする開場が隣の都市でしたので、ちょうど?我が家付近を通って向かうこととなるのです。
そんな事情があったので私は「お迎え」の車に乗るだけ!当然帰りも送ってくださいましたからラクチンラクチン!!

今回の観劇をご招待してくださった団体は「日産自動車」の労働者団体の方々によるものです。組合員の方たちが自分のお小遣い?から集めた寄付金により、福祉施設の利用者をご招待してくださったそうです。
街頭募金とかボランティアに興味のある方だけでのこういった企画はあり得るでしょう、また企業のイメージアップを目指して会社の経費によるパフォーマンス的なイベントは何度か耳にしたことがありました。だが今日は違ったのです。
パフォーマンスやボランティアの団体による好意だと思っていたのですが、どうやらそうではなかった。自分の勤める会社が『福祉施設に寄付する』と募金を集めてもなかなか素直には応じられない(以前の自分の話)のに、日産の労働組合員の数を考えるとちょっと想像が出来ないぐらいみなさんが社会に対する関心を持っているのだろうと感心した。
今月の予定表を配られるときに「ニッサンロウレン」の招待で劇を見に行きます!そう伝えられていたのですが、「日産(自動車会社の)」とは思いもしませんでした。
言葉で話されるとどうしても漢字を見ていませんから別の文字や他の団体を思い浮かべてしまう訳です。

開場は隣の県でしたが、以前車を利用していた時に何度も行った町なのであまり遠くと感じてはいませんでした。車でなら1時間ちょっとで着く距離なのです。
自分で運転していない(今は出来るわけないか)車に乗っているだけでも「だいたいこのあたり?」と想像ができるほど、何度も何度も出かけていたのです。そして今でもそんな記憶があることが嬉しく、そして楽しい思いができました。
劇が行われたホールには一度も行ったことがなかったのですが、おおよその位置は解りました。
開場に着くと大勢の人が待機していてくださり「こんにちは」「いらっしゃいませ」などとさかんに声をかけてくれていた。
ボランティアの活動に慣れている人が多いのでしょうか?なんでも89名の労働組合員がボランティアで会場にきてくださったようです。このあたりに大いに感心しました。
会場の建物に入ると「サンタクロース」と「トナカイ」に扮した人がたくさん(サンタは一人だと思うけど)が出迎えてくれました。クリスマスプレゼントとしての「観劇ご招待」なのでその雰囲気を出すのが目的なのでしょう。
デジカメを持っていた私はサンタさんとトナカイさんに挟まれて写真を撮っていただきました。こんな楽しい経験は以前は全くなかったのに、障害を持つ立場となったから体験できているんです。皮肉なものですよね。とても感謝しています。
会場内は様々な団体がごちゃ混ぜになっていて「子供の泣き声」や長い時間じっとしていることが出来ない子もいるようでその付き添いの人は大変な様子でした。

劇事態は「ファミリー劇」として演じられているので、小難しい社会派とか肩がこる内容ではないので気楽にみれるのもよかったです。
ただ残念なのは開場を埋めた殆どの人が「観劇に慣れていない」ので会場側から舞台の人を盛り上げてあげられないのでそれが少し心残りです。
しかし一般の人に交じって少しずつ(福祉施設)の人を招待してくれても一般の人の迷惑にもなりますし、自分たちも余計な気を使わないですみますから今回のご招待いただいた方法がベターではあると思います。

楽しい思いをプレゼントしてくださった「日産労連」の方たちや、盛り上がりに欠ける会場にもかかわらず熱演をしてくださった「劇団四季」のメンバーの方たちにこの場を借りて『ありがとう』と言わせていただきます。
とても感謝しております。本当にありがとう!
今後もこのような活動を続けて頂けることを心よりお願い致します。


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障害者自立支援法について一言! [独りごと]

今日は先日国会で成立した「障害者自立支援法」の事について話してみたい。
この法案だが、多少ニュースで聞いてても「チンプンカンプン」でさっぱり理解できなかった法案でした。
そうしたら、この法案自体の詳細は厚生労働省事態でまだ調整中?らしく細かな部分は来年の2月にならないとわからないらしい。
障害者自立支援法の話は、先週末に職員達を対象にした勉強会があり、そこで解った事などの報告を聞くことができたのです。
法律事態の細かな説明はなかったのですが、一言で言えば「かなり障害者にとって厳しい」法案でしょう。いや成立したんだから法律が正しいのかな?

厳しいと言うその最大の部分はその法律の名前にある「自立支援」にある。
支援と言えばかなり積極的で今まで出来なかったことを出来るようにしてくれる?そんな風に考えたいのですが、どうしてもマイナス部分ばかりに目がいく!
大きなマイナス部分として「ガイドヘルパー」や「障害者支援」で私は買い物や掃除、洗濯などをお願いしていましたが、それが難しくなるのです。
理由は単純です。
今までは自分の障害の程度と収入の面から「無料」で受けられていたサービスなのですが、それが「1割負担」となります。
例としてあげてみると、消費税が「3%で導入」された時や「5%に引き上げられた」とき、みなさんはどう感じましたか?
おそらくこれからは「生活が厳しくなる!」とか「無駄を省こう!」などと、そう感じたことでしょう。
でも私たちに課せられたのは「1割もの負担」です!
もっとも購入するものすべてに対する消費税と直接比べるのは無理があると思うかも知れませんが、私たち障害者が脅威に感じている部分を説明するには分かりやすいと思ったので引き合いに出しました。
本当は「健康保険」の負担金が「1割から2割」そして「2割から3割」へと引き上げられた事のの方がピッタリするのですが、こちらは病院にあまりお世話にならない人には実感をもっていただけないと考えたからです。

さて問題の負担金の発生した理由ですが、それは単純に国家財政が逼迫しており無限増に増え続ける社会保障費の圧縮がどうしても必要だからでしょう。
それ自体は私も理解できるし、何らかの解決策を必要だとは思っております。
だが少しでも余計な?(そうは思えないが)部分をカットすれば、多少は財政面で楽になるでしょうが、実際問題この負担に耐えられる障害者ははたしてどの程度いるのでしょうか?。そして一時しのぎ的な解決策は先に述べた健康保険の利用料負担が立て続けに引き上げられた事実から察するに盲一段の引き上げの可能性を秘めている事を否定は出来ないでしょう。
そううです。この法案で一番の心配は「更なる負担増」が行われるのではないだろうか?です。
私たち障害者の多くが「収入を得る手段」そのものを持てない状況があり、さらなる負担金の増加は死活問題です。
ただでさえ「消費税率の引き上げ」が叫ばれている昨今さらなる負担の増加は本当に厳しいものがある。
特に私のように「中途視覚障害者」にとってはそれまで得ていた収入を失い(年収が以前の1/4になってしまい)生活を一遍させなければならなかった者にとっては、ようやくなんとか生きている?状態です。
そんな私としては「原情がぎりぎりいっぱい」でもうこれ以上の負担は全く不可能?だと思われるのです。多少会った貯金もほとんど使い果たして今後に不安を持っている今日この頃ですから・・・
みなさん現実に「月8万円」で生活できますか?
おそらく全員?ムリとお答えになるでしょう。
生活するには「衣・食・住」の3本柱が必要ですが、どんなに切り詰めても食費が1万円程度はかかるでしょう。
もし外植やお弁当を買っていたら、日に2食にしても1万5千円はかかりますからこれ以上の切り詰めは厳しいでしょう。
光熱費や住居費を考えると残り7万円では田舎ならともかくほとんどムリかな?
さらに着るものや冠婚葬祭などの交際費などを捻出するのはどう考えても無理がある。
たとえ自宅のローンが終わっている「持ち家」だとしても、維持費は結構かかる(逆に手を入れないと住めなくなる)のでどうしても月8万円ではまともどころか生活自体が難しいのが現実でしょう。
この生活に医療費やガイヘルに1割の利用料を支払うのは・・・
少しは自分たちの立場を理解していただけましたか?

現実の話ですが、私がハローワークで仕事を探しても、求人はほぼ0です。
全く無いとは言いませんが、実質的にはなし!です。
肢体不自由(車いすの人など)なら事務職などが多少はありますが、「視覚障害者」となるといきなり無くなります。
以前(障害の出る前)の私も「目が悪ければ仕事はできない」そう信じていました。
そう考えると当然、雇用主自身に視覚障害者でもできる仕事があるんだ!と知っていただく必要があるでしょう。
雇用される側の方に、是非withを見学していただき「あの仕事ならできそうだな」などと創造を膨らませていただきたく思います。

実際に、親や配偶者が弱って支えてくれることができなくなったり、亡くなったりした後生活自体が成り立たないことが十分想像されるのです。
マッサージなどの資格を持っていて自立している人でも対岸の火事では済まされない状況があるようです。それは、晴眼者のマッサージ師が増えていることです。
視覚障害者の唯一?の仕事と考えてもよかったマッサージすら無くなってきている原情を考えると本当にこの「障害者自立支援」は支援を目的としていますか?とたずねて見たくなります。
もっともこれ以外に今まで無視されていた部分を法令に書き込むことで可能となる部分もあることを知っておく必要はある。

ただ仕事がないのは事実です!その状況で支払いだけしなさいでは・・・
視覚障害者が全員マッサージの資格を持っているわけてはないのです。
事実私は持っていないし、取得する意思はありません。
そうなると・・・
みなさん何か紹介してくださる仕事はありますか?
最近では「コンピューター関連」の仕事も多少はあるようですが、かなりの負担だと思われる。
視覚的に判断できない私たちは「音声案内」をパソコンにさせて初めて内容を理解するわけです。
でも全体的な配置(レイアウト)などを理解するのは殆ど不可能です。
エクセルなどの場合はセル番号で位置は解りますが、少し大きな表を作ると「タイトル」を観て確かめられない自分としては「セル番号」だけで表のどの位置かを確かめているのでどうしても複雑な表は作成はともかく「利用」はかなり難しいし現実的ではない。簡単な家計簿(足し算引き算程度)なら今でも作成も使用も可能ですが・・・
だが、複雑な表の作成や、その表に間違いなく数値を入力するにはセル番号だけで「どの列タイトルでどの行タイトル」かを把握しなければならない。
これは全国地図を頭にインプットしているがごとく?の結構しんどい作業となる。
私の正確と記憶力(主に後記の部分が)ではムリでしょう。
かんたんなプログラムなら出来てもそんなことなら「ほかの誰でも出来る」でしょう。
つまり、パソコン関連で仕事を見つけるにはそうとう頭の良い人で根気ある人でないとムリかな?
たとえとしては適当ではありませんが、皆さんに「Jリーガー」や「プロ野球」の選手になれといっているのと大差は無いと思います。
少し大げさかもしれませんが、やはり一般の人が難なくこなしている「買い物」を一人でするのは殆どムリなのです。買い物をするためにお店まで一人で出かけることは何とかできますが、必要な者がお店のどこにあるのか?また、値段はいくら?など自分ではどうしてもわからない部分があるのです。そんなわたしですから、そう感じるのも無理からぬ事でしょうか?
もちろんだからといって「なげやり」になったり「世間を恨んだり」する気にはなれません。
これはあくまで個人の意見ですが、「障害者は好きで障害を持った訳ではない」でも周囲のひと「家族や親戚」などもかなり気持ちの上での負担が大きい事を知ったからです。
本人がつらい事は仕方なくても、周囲の人までつらいのは正直かなりキビシイ!
でもそんななか自分が何とかしなければいけないと思いつつ現実的ではない頑張りしかできません。
話が逸れますが、昨今話題となっている「耐震基準を大幅に下回った建物」特に分譲マンションを購入した人に大して「かわいそう」で終わりにしますか?もしかすると自分の購入したまた購入予定の建物が大幅な耐震基準を下回っていたら笑ってられないでしょ?
障害者も対岸の火事ではみなさん済まされない可能性がありますよ!
ですからもう少し弱者に対して配慮が欲しい気がします。
ただ一方で「楽する道具」なんてことだけはさけたい。
いろいろ書いたがやはり障害者だから・・・
そんな社会だとどうしてもこんな問題がでてくるんでしょうね
どんな人にに対しても仕事をする意志や熱意を持つ者に対し「仕事を提供」できる社会基盤が必要なのでしょう。
勝手な言い分ばかりいっている気もしますが、自分自身や家族がある日突然「事故」や「病気」などで障害を持つ可能性はありえるのです。
その場合入院費用を負担している上に、どうしても必要な為「支援を受けている」サービスに1割もの利用料を負担しなければならないのは、かなり大きな負担となることでしょう。
一般的に入院すると1ヶ月で8万円から15万円程度は必要だと思われます。
これは一般的な病気の話で手術を伴ったり、ICUなどに入らなければならない状態だと、この何倍も必要になるでしょう。
そんな負担を一般の人にはムリでしょう。その場合保険やその他の支援制度を利用することとなるでしょう。
まあ入院はともかく「通院」は障害者にとっては必要不可欠な人が殆どであり、それをしないと「生命の危機」につながる人も少なからずいる事実をもう少し考慮した法律であってほしいものだ。
詳しい内容は知らないので事実と異なる認識で書いてしまっている部分もあることでしょうが、やはり負担金が発生することは動かしがたい事実である。


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05年12月1日を迎えて [今日の出来事]

今年も早最後の1ヶ月を迎えることとなった!
昨年の今頃は現在通所している施設に通うように本当になるのか、全く気持ちが固まらず迷っていた。一生懸命にそして心から心配してくれている叔父に対してやはり何らかの答えを(今後の身の振り方)出さなければいけない!
そんな気持ちと、実際に自分一人で同じ市内とはいえバスを乗り継いで1時間半もかけて出かけていけるようになるのか?などととりとめのない不安や心配で随分と心細い思いをした物です。
そんな1年前からは想像も出来ない現状です。
実際に出かけることが出来るのか?などは通所し初めてからでも随分と迷ったり不安な気持ちがあり、そのような事を考えなくなったのは意外と最近である。
それでも当時は「もっと早く」とか「1日でも早く一人で歩けるように」なんて事を意識的に考えることによりマイナスの気持ちを押さえ込んでいたのかな?
そのように振り返ることが出来る現状はかなり気持ちにゆとりが出来てきている証拠なのでしょう。
そんな今日この頃ですが、12月になったとたんこの寒さ!
私は寒さには極端に弱くて弱くて・・・本当に弱いので厚手の長い毛糸のマフラーを今日からしてます。手袋は半月以上前からだし、コートも同じ頃から着ています。
寒さに震えながらの通所となる。
珍しくいや初めて?順調に走るバスに揺られて今日も最寄りのバス停までホットな車内でうつらうつら。だがここで疑問発生!?
それはバスの暖房に関してです。
朝とはいっても7;40のバスで市内に向かうのですが、この路線のバスはなぜか暖房が入っていない!乗り換えるバスは8;15分発だが、暖房がガンガンかかっていて車内に入ると厚着しているコートなどを脱ぎ出したくなるほどです。
帰りも同じで施設近くから乗り換え地点(駅のバスターミナル)までは暖房がはいっていても、そのご自宅に向かうバスは天然クーラーで涼しいよ~(さむいぞっ)
普通は朝夕が涼しい又は寒く日中に向かえば暖かくなるのが常識でしょ?そうなれば、自宅から駅と帰りの駅から自宅のバスが暖房していて施設に向かうバスが暖房していないのなら何となく理解できるのですが、(本当は暖房がないと文句言いたいけど)
だが現実にはその逆だ!
そんな矛盾?に首をひねりながら暖かな車内から極寒(オーバーすぎ)の車外に!
それでも今日は比較的風が弱く体感気温は意外と低くない!それと風の音で周囲の音が聞きにくいなんて心配もないので自宅を出たときに比べると気持ちの上では「ラッキー」です。
ところが、実際には気温が低いので歩いていても少しずつ寒さが身に応えてくる。
体が自然と?堅くなり背中も丸まってしまい「真っ直ぐ歩けない」
自転車に乗るとき寒いからとポケットに手を入れ運転すると、どうしても反対側(ハンドルを握っている方向)に自転車が曲がる経験をされたことがあるかもしれませんが、それと同じです。
でも修正が出来るのは目で周囲の状況を確認し自転車が真っ直ぐ走ることが出来るようにしているからです。
自分も同じように考え修正を試みるのですが、なかなかうまくいかない!
それでも長い距離を歩いていると徐々に修正が効いてきて、なんとかほぼ真っ直ぐあるけるようになってきた。
堤防に出た頃にはほとんど修正が必要ない程度の誤差になったので、いつも通りのペースで歩けたと思う。
おかげで?(バスが速かったから)通所して以来初めて9時前にミーティングの位置に着くことができた。

今日は今週から始めている「家電製品」の点字印刷である。
本当は白杖の作業もあるのですが、風邪引きが多いのと、衆院議員の名刺が5000枚以上注文が入っており、私も点字印刷の作業につくことになった。
しかし、広報誌とちがいリングで止めるための穴が開いているので、用紙を入れる方向が決まっていて初めは結構苦労していた。
紙の厚さも随分と厚くて意外と1枚ずつ手に取れない!
それでも徐々に慣れてきてお昼ご飯前には結構なペースで作業が出来たと自画自賛!

今日は木曜日!そうです「恐怖?の点字勉強会」です。
別に恐怖なわけでは無いのですが、自分的にはなかなか上達しない事に結構イライラしているので、次第に「恐怖」(止めたくなるんじゃないか?と心配)である。
今は何とか「かな」を卒業して「数字」である。
これは「1~0」だけならもう随分と前から読めているが、「いちろう」とか「いっぽん」とかは漢字で書くと「一郎」「一本」と同じ漢数字を使って文字を書くこととなる。
だが点字だと名前などは「イチロー」と書き、数を数えられる物などの場合は「1ポン」と書くそうです。
もちろん構成をするのではないので、読む分にはそれほど影響はないのですが、点字がまだまだうまく読めていない現状ではこの違いを理解していないと、別の言葉じゃないか?と勝手に他の読み方を捻出?してしまうおそれすらあるので、自分としてはある程度理解をする必要があるかな?
それから、5桁以上の数字になると4桁ずつで区切っての表記になるようです。
100000と数字をならべるより、100,000と位取りしたほうが読みやすいでしょ?漢数字なら10万と書いてしまう方法もあるようです。
年号を著すときには数字のみで表して2千5年とはかかないそうです。
これは一般でも解りにくいかな?
漢数字の年号が通用するのは和暦だけでしょうね!


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連日連夜のライブ三昧 [今日の出来事]

本日は施設近くの小学生がやってきて「手引き」の練習台となる。
子供達は私たちとの交流に興味をもっているようですが、やはり子供ですから初めての大人には話しづらいようです。
多少なりとも恥ずかしい気持ちがあるるようで、なかなかうまく話せないでいる。
いや子供ばかりではなく仲間が子供の話しに合わせられないケースもあった。

少し離れたドラッグストアーに買い物をしに出かけるが、子供達の時間があまりないので帰りは「散歩」ではなく「ウオーキング」となってしまった!
私は今回のようなケースは初めての体験といってもいいので結構楽しみにしていましたし、実際子供達と歩いてみて「楽しかった」が正直な感想です。
私としてはお買い物はスーパーコンビニがよかったのですが、風邪引きさんが多くて(休んでいる人も多い)マスクを買うのが目的?でした。
さて子供達と歩くとき何が問題となるか?
それはズバリ「歩幅」です。自分が結構歩幅を狭めていてもやはり小さめの子供には歩幅が合いません。
もちろん歩幅が合わなくてもかまわないのですが、段差などの位置が微妙にずれるのでガイドする人もされる自分たちもあるきづらいのです。
それほど大した問題ではないのですが、やはりガイドさんとの歩幅はその都度気になる部分ではあります。
楽しんだ散歩の後、早昼となる。本日は盲学校の購買部に出かけるためだ。

作業を終えてから点字勉強をする。
今日から数字編だ!数字(数)自体はもう知っているが、表記などは随分と種類があるようだ。数字は4桁づつで区切るようです。
よくわからないのは、三角などの場合は「3角」みたいに数字で3と書いてもいいようですが、鈴木一郎など名前などの場合は数字はダメだそうです。
何を基準なのか?と訪ねるが、基本的には変化する事のあるものや数字事態が数を表している物は「数符」と呼ばれる物を表記して数字をもちいるそうです。
まだこのあたりはよくわかりませんが、読む上には問題ないので以後機会があれば少し勉強してみます。

本日の本題です。
昨日は「鈴木ちよ」さんのピアノコンサート
本日はジャズコンサートと二日続けて「アクトシティー中ホール」に出かけた。
このホールは先日10周年のイベントを行った「思い出のホール」です。
昨日のピアノコンサートも自分の知っている曲が多くそれなりに楽しめましたが、ピアニストによりかなり曲の印象が違ってしまうので自分の好きな曲の場合は(別の演奏者が)特に違和感を感じてしまう場合もありました。
それでも曲の印象がまるで違うのを感じて「あっこの曲はこんなだったんだ」なんて新たな発見もありました。
そして本日のジャズコンサートですが、当初私は出かけるつもりはまるでありませんでした。
ジャズとは結構幅が広くて私の中で好き嫌いがかなり激しくあるのです。
渡辺貞夫さんならチケット勝手でも出かけたい!などと思うのですが、それ以外のひとはほとんど知らないのでプレーヤーの名前で出かけるのは結構難しいです。
ではなぜ出かけたか?
それは・・・無料と聞いたからです(もちろん嘘です)。
チケット代は確かに私は支払いませんでしたが・・・
所長の学生時代の友人が演奏しているコンサートですからきっと所長自身がチケットを余分に購入していたのでしょう!
そんなこんなで点字の弁業が終わったなら駅まで送るよと所長に言われて車に乗り込むが、開場が寂しいから行くんだよなんて話を聞いたら「じゃあ自分もいきます」となったわけです。
駅のすぐ近く(徒歩2分)で行われているのですから駅に送ってもらっても殆ど同じ場所に着くのです。

開場に突いた時点ですでに演奏は始まっていてリーダーの肩が何か話している。
余裕たっぷりの客席で好きな場所を勝手に選んで座る。
昨日も所長ご夫妻にガイドをして頂いていたが本日もご夫妻のやっかいになった。
演奏の内容はほとんどがクラッシックやポップスのアレンジで自分としてはかなり聞きやすくて「あっこれなら聞いてみたいな」とほっと胸をなでおろす。
途中の休憩を挟んで演奏された曲はリーダーのピアニストがテレビドラマなどで演奏していた曲のメドレーなどを含め大好きな曲が目白押し!!
中でも平井堅の曲をアレンジした演奏は聴き応えがあった!
帰りにCDを購入しようとするが、残念ながら売り切れてしまっていて購入をあきらめた。是非その場で購入してサインをいただきたかったのに残念です。
ほかには「おしん」「ちゅらさん」「さくら」などNHKのドラマ主題歌やBGMが演奏されたり、JR東海のCM「そうだ京都へ行こう」編の演奏が行われ、やはり生で聴くと何とも言えない感動を受けた。
本当に大満足の二日間でした。
私自身は両日ともチケット代を払わなくて演奏を聴けたのは随分とラッキーでした。
いったい誰が負担したのかな?あまり深く追求するのは止めよう。
やぶ蛇になりそうですから・・・


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